弁護士の実証的精神

第214号 弁護士の実証的精神

「実証的精神論」は、オーギュスト・コント大先生が、いまから200年位前に書いた本ですね。有名だけど、ほとんど誰も読まない本の一冊です。コントは、当時の神学や哲学を厳しく批判したわけです。現実を観察して、本当に役立っているかを調べることなく、理屈だけをこねまわしている神学や哲学は、何の役にも立たない学問だ、くらいの勢いで攻撃しているのです。それに比べて、現実を観察する実証的精神は、非常に優れているとのことです。確かに一理ある主張であることは、間違いないと思います。

コントが批判したのは、神学と哲学ですが、中世ヨーロッパから伝わる神聖な学問は、あと二つあるんですね。医学と法学です。医学の方は、コントが出てくるさらに200年近く前から、実証的な学問でないと批判されていたはずです。モリエールの戯曲に出てくる医者たちは、古代の名医ヒポクラテスの学説を信奉するだけで、患者の様態など見てないんですね。モリエールの風刺では、こんな感じです。「具合はどうだね?」「大変具合よく、死にました。」「そんなはずがあるものか。」「あるかどうかは存じませんが、それが事実だってことは存じております。」「死ぬはずがない、と言っているんだ。」 なんだか、死んだという事実の方が間違っているみたいです。もっとも、現代の医学界も、「手術は大成功で、ガンは取りきりましたが、患者は死にました。」なんてことがまかり通っていると批判されていたはずです。手術と、それによってどれだけ寿命が延びたのかについて、実証的な検証がないというわけです。確かにそんな気もしますが、あまり医師の悪口みたいなことを書いてると、病気になったときに困ります。人のことはいいので、法律の「実証的精神」について考えてみます。

ただ困ったことに法律は、もともと「何が正義か」「何が正しいか」を考えるものですから、それが実証的にどんな役に立つかは、あまり気にしないんです。刑法の教科書には、天災で国が亡びるときに、絶対にしなくてはいけないことが書いてあったはずです。逃げ出す前に、死刑囚の死刑を執行しないといけないそうです。「そんなことしたって、今更どうにもならんだろう。早く逃げろよ!」なんていう、「実証的精神」を寄せ付けない、凄さがあるのです。なんのこっちゃ。

そうは言いましても、日本の多くの弁護士は、あまりに「実証的精神」に欠けているなというのが私の実感です。数年前から、弁護士になるための試験が比較的簡単になり、多くの弁護士が誕生しました。これを受けて多くの弁護士達が、弁護士をこんなに増やすと、日本の司法制度は壊滅するみたいに騒いでいたんですね。しかし、アメリカ始め、弁護士が沢山いる国でも、特に司法制度は壊滅せずにやっています。日本よりよほど優れている制度だという人さえいるんです。お客様対応についても、弁護士側の思い込みで行っており、「実証的精神」が足りないのではと感じることがあります。弁護士としては、どうしても法的結果を重視しますし、依頼者もそれを望んでいると考えてしまいます。もちろん、これ自体間違ってはいないはずです。その一方、結果は良かったはずなのに、お客様が不満に思っている場合や、逆に結果は思わしくないのに、お客様に感謝される場合など、本当によくあるのです。何が本当に求められているのか、お客様に対しても、「実証的精神」で臨みたいものです。

弁護士より一言

何年か前に、現在高校生の次女に、「鉄1キロと綿1キロと、どちらが重い?」という、有名な質問をしたんですね。娘は考え込んでしまったので、「答えは、同じ重さだよ!」と教えてあげたのです。それでも娘は、さらに考えて言いました。「納得いかないなぁ。パパ、自分で本当に試してみたの??」 あ、アホか! 試してみなくても、分かるだろ。ここでは実証的精神なんていらないんだよ! そんな娘も海外留学に出発し、毎日頑張っているようです。年末に娘が帰国したら、あれは実証的精神だったのか、パパをからかっただけなのか、聞いてみたいと思っているのです。

(2018年2月1日発行 大山滋郎)

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