弁護士の聖書改正

第412号 弁護士の聖書改正

高市首相が憲法改正したいそうです。

私は高市さんを応援していますが、「憲法改正しないと日本はダメになる」みたいな主張には違和感を覚えるのです。憲法と聖書はとてもよく似ていると思います。最近話題の同性婚についても、聖書と憲法は同じようなジレンマを抱えています。いわゆる同性愛は英語で「ソドミー」と言いますよね。これは聖書が起源の言葉です。聖書によると、同性愛が盛んに行われていた町「ソドム」は、神の激しい怒りによって滅ぼされたと明記されています。そんなわけで、キリスト教では同性愛は厳しく禁じられていました。多くの国で少し前まで、同性愛が刑罰の対象だったんです。しかし現代では、同性婚に反対するキリスト教徒の方が少数派のようです。キリスト教徒でない私は、「同性婚を認めるなら、聖書改正する必要があるのでは?」と言いたくもなります。

一方日本の憲法も、婚姻に関して「両性の合意」に基づいて成立すると明記しています。現行憲法の制定時には、同性婚なんてことは全く想定していなかったのでしょう。それにもかかわらず、多くの裁判で、同性婚を認めないのは憲法違反と判断されています。「憲法を守らないで良いのですか?」と、思わず裁判所を問い詰めたくなります。そうは言いましても、昔に作られた憲法が、今の時代にそのまま適応するのは難しいのも事実です。時代に応じて、変化していく必要があります。ことさら「改正」しなくとも、人々の意識の違いを反映させていくことは良いことなのでしょう。このように聖書についても、「時代に合わせた変化」を認める人たちが多数派です。

その一方、聖書の言葉を一言一句正しいものとしてとらえる人たちも相当数います。同性婚反対、中絶反対、イスラエル支持といった主張の「福音派」と言われる人たちなど有名です。聖書の中には、かなりメチャクチャなことが書かれています。例えば神の言葉に従ったモーゼは、異民族を男女問わず虐殺します。たとえ女性でも、イスラエルの純血性が汚されるなら皆殺しにするというのが神の指示だったからです。こんな男女平等は止めてほしいです。現代のイスラエルも、ガザの人たちを攻撃しています。テロに悩まされているイスラエル側にも言い分があるのは分かります。

しかし、聖書の言葉を現代にそのまま適用せずに、異民族虐殺と言われるような行為は慎んでほしいと思うのです。こう見てくると聖書を言葉通りに読むのは問題がありそうです。だからと言って、キリスト教徒も「聖書改正」をしようなんて言わずに折り合いをつけてきたのです。そういえばかつてローマ教皇が、「お金さえ出せば免罪符を売るので、罪を免れる」なんてあこぎな商売をしました。確かに聖書には免罪符を認めないとは書いてありませんが、今の常識ではおかしなことです。

それに対して、マルティン・ルターは、「聖書改正をして、免罪符を禁止しよう」などとは言いませんでした。ルターがしたのは「聖書改正」ではなく「宗教改革」です! 日本の憲法でも、ルター方式を採用すべきです。歴史的に見ても日本では「憲法」は改正しないことになっています。聖徳太子の17条憲法は「改正」されていません。大日本帝国憲法も、戦争で負けて、アメリカが新憲法を作るまで「改正」されませんでした。旧憲法は「万世一系の天皇」が統治すると明記されていたのに、「天皇も国家の一機関に過ぎない」という運用がされていた。それでも憲法改正が必要だなんて誰も言わなかった。多くのキリスト教徒も「聖書改正」をしないで、時代の変化に合わせて改革してきました。憲法も国民の合意のもと、少しずつ改革していくことが望ましいのではと思うのでした。

 

弁護士より一言

「目標を紙に書けば、実現しやすくなる」とものの本に書いてありました。そこで以前、健康な生活のための目標を文章にしたことがあります。お菓子は

食べないとか、駅では階段を使うといった内容です。恥ずかしながら書いただけで満足し、実行はなかなかできません。だからと言って現実に合わせて目標を改正しようとは思いません。「生活改革」を頑張ります!

                                                                                                                     (2026年5月1日  文責:大山 滋郎)

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