弁護士のマルクス主義
第222号 弁護士のマルクス主義
マルクス主義だなんて、最近はほとんど忘れられた存在です。しかし私が子供の頃までは、「マルクスを知らずば人にあらず。」みたいな感じでした。深遠なマルクスの学問を理解できないことに絶望して、自殺した人まで出たそうです。経済学の世界でも、「マルクス主義経済学」なんて、とてももてはやされてましたよね。いまでは「マル経」なんて言えば、嘲笑の対象でしょう。経済どころか、少し前までは、「マルクス主義法学」までありました。法律の世界でもマルクスは大まじめで取り上げられていたのです。今の時代では、「法律の専攻は何ですか?」と聞かれて、「マルクス主義法学です。」なんて人がいるとは、とてもじゃないけど想像できません。ことほど左様にマルクスの評判は悪化したのですが、私個人としては、マルクス大先生は、メチャクチャ凄い人だと思っています。
「マルクス主義法学」は、確かに、実務では何の役にも立たないでしょう。しかし、近代市民社会以降の、法律の基本構造を理解するという点では、私はマルクス先生に教えて貰いました。現代の法律は、大きく分けて3つの分野に分かれるんですね。1つ目は、憲法のような国の基本を決める法律です。次は、民法といった、一般市民の間の、主に経済的な問題について定める法律。そして最後に、刑法のような、違法行為をしたものを処罰する法律です。こういう毛色の違う3種類の法律があることは、法律を勉強した人は誰でも知っています。しかし、この3種類の法律の意味と言いましょうか、位置づけを教えてくれたのはマルクス先生だけでした。現在の法律は、近代資本主義社会が成立し、新たに力を付けてきた、資本家・資産家階級が作ったものなんですね。そんな資産家たちが、旧権力者の支配する「国家」に対して、自分たちの自由を保証しろと突き付けたのが「憲法」です。資産を持っている、自分たち同士の争いを解決するためのルールとして作ったのが「民法」です。そして、資産を持たない、無産階級を規律するために作ったのが「刑法」ということだそうです。この説明を聞いたときに、「なるほどそう考えればすっきりするな!」と、腹に落ちた気がしたのでした。(こう理解したからといって、個々の法律問題の解決には役立ちませんが。。。)
マルクス主義の一番のポイントは、世の中の事象を、経済状況である「下部構造」と、思想・芸術や政治制度などの「上部構造」に分けて考えることです。そして、上部構造は下部構造によって決まってくるのだと喝破したのです。初めてこの考えを知ったときには、なるほどマルクスは天才だなと感動しました!
その一方、「人間の気持ちなんて、経済状況によって変わってくるものだ。あとからもっともらしい理屈をつけても、根本原因は経済状況にあるんだ。」ということは、ごく一般の人も理解しているように思えます。娘の結婚相手について「どんなに今好きでも、経済力の無い相手だと、いずれはうまくいかなくなるよ。」とアドバイスする親の方が多数派でしょう。女性の非婚率と離婚率の増加は、女性の収入の増加に比例して起こっていることも、はっきり口に出さなくても、皆さん気が付いているはずです。
弁護士の場合は、職務上、離婚の相談などよく受けることがあります。離婚したい理由はそれぞれ納得のいくものがあります。それ自体に嘘はないと確信しています。しかし、離婚する家庭の資産状況、親の資産状況、それぞれの職業と収入が、離婚しようという気持ちに及ぼす影響は、無視できないのです。
弁護士より一言
マルクスの未亡人が「遺産としては、資本論より資本を残して欲しかった。」と愚痴を言ったという笑い話があります。なるほどという気もしちゃいます!
少し前に、妻が息子に、「ママは若いころは凄くモテたのよ。」なんて、下らない自慢をしてました。それに対して息子
が、「ママの嘘を見破ってやったぞ。」みたいな得意顔で言い返したんです。「それなら、なんでパパと結婚したの?」
あ、あんまりな言い草だろ! パパは、マルクスほどの偉人にはなれなくても、マルクスより資本を残すぞと決意したのでした。
(2018年6月1日発行 大山滋郎)