権利のための逃走

第403号    権利のための逃走

「権利のための闘争」は、今から150年も前にイェーリングという法学者によって書かれました。現代でも、法律を学ぶ人の必読書とされています。法や権利についての有名な言葉が沢山出てきます。「権利は自然に与えられるものではなく、侵害に対して闘うことによって初めて現実のものとなる」なんて有名ですね。法律に「権利」として書かれていても、現実にそのために戦わなければ、権利は現実化しないというわけです。

例えば現代日本でも、生活保護の支給額をめぐってのデモや裁判な度が行われています。生活保護の権利は憲法に明記されていますが、それを現実化するためには「闘争」が必要ということです。確かに生活保護のためにデモしている人たちを見て、「デモする元気があるなら、まず働けよ!」と言いたくなる気持ちも分かります。でも、制度としての生活保護の権利の為に戦うこと自体は正しいことだと思うのです。本の中でイェーリング大先生は、わずかな金額を騙し 取られたことから、大金を使って裁判を起こした人の話が紹介されています。1万円の為に、100万円かけて裁判するような感じです。多数派の人の感覚だと、「バカなことをするな」みたいに思うはずです。イェーリングの時代の人たちも、そういう風に考えたようです。

しかしイェーリング大先生は、「バカだというやつがバカだ」みたいな勢いで、こういう訴訟を大絶賛しちゃうのです。それによって、正義が回復して、権利が現実のものになったというわけです。こういうのを聞くと、境界紛争の相談に来た方を思い出します。隣地との境界に関して、10センチほど争いがありました。田舎の土地でしたので、金額にすればせいぜい数万円程度の話です。ところが裁判で争うとなれば、土地の測量から始まって、全部で200万円くらい必要になります。「損得を考えたら裁判は止めた方が良いですよ。数万円お金を払って和解してらどうでしょう?」なんてアドバイスしたんですが、聞いてくれません。「先生のような人には、土地を奪われた人の気持ちなど分からないんでしょう!」とまで言われました。正直「どうも困ったな」と思いましたが、イェーリング先生なら、「立派な人だ。あんたの方が困った弁護士だ!」とおっしゃいそうです。ううう。。。 

権利の為にどこまで闘うのかは、本当に難しい問題です。先日ネットニュースを見ていたら、飲食店で暴れた迷惑客の話がありました。朝4時に来て、ビールを出せと言って大暴れして、店の備品を壊したそうです。ただ、被害にあったお店は、被害届は出さないと言っているとのことでした。ニュースのコメント欄では、「そんなのを放置するな」「厳しく罰しろ」なんて意見が沢山ありました。確かにもっともな意見ですが、被害届を出すと本当に面倒なんです。現場検証の対応をすればお店を閉めないといけません。警察や検察での事情聴取の為に、2~3日ほど時間を取られることになります。大体の場合、飲食店で暴れるような人は、お金を持っていません。親族からも見放されているような人が多数派です。頑張って被害届を出したり、損害賠償請求したりしても、一銭も取れなかったということになりかねない。イェーリング先生には怒られますが、「闘争」は止めて、その場から早く「逃走」した方が絶対に得なんです。

もっとも、日本企業は海外で、かなり不当な訴訟でもすぐに和解金を払って終わらせるから良い鴨になっているなどと言われてました。ちょっと脅すとすぐにお金が取れるので、効率が良い。だからまた同じような訴訟を起こされる。欧米の企業は、費用をかけても断固闘うので、そのような紛争に巻き込まれること自体少なくなるそうです。私が勤めていた会社が、マイクロソフトなどと共同被告として訴えられたことがありました。当方はすぐに和解したんですが、MSは断固戦い抜いてました。「闘争」と「逃走」どちらを選ぶのか難しいところです。

 

弁護士より一言

若い頃は山登りが好きでした。頂上まで登れなければ意味がないように思っていたのです。しかし還暦を過ぎてからは、「頂上」に拘らないだけではなくて、「山下り」が好きになったのです。ロープウェイなどで登れるところまで行ってから山を下ります。山と闘わないで逃げているみたいですが、このくらいが丁度良い。来年もゆっくり山下りを楽しみたいものです。                                                                                                         (2025年12月16日  文責:大山 滋郎)

 

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