弁護士の赤と白

第272号 弁護士の赤と白

今回はスタンダールかと思った人、外れです。「赤と白」というのは、丸谷才一のエッセーです。私は丸谷先生の文章が好きで、ずいぶんと影響を受けました。私も文章の中に「何々ですね」と「ね」をいれるのが好きですけど、これなんか丸谷先生のマネっこです。「ですます」調の文章に、ぽつんと「である」調の一文を入れるのもたまにやる。これまた丸谷大先生のマネなんです。丸谷才一はエッセーの名手ですから、たくさんの面白い文章があるんですが、「赤と白」なんてとても好きでした。

 

丸谷先生が、友達たちと、一流のフレンチレストランに行くことになったときの話です。ソムリエが出てきたときに、ワインの注文で恥をかかないようにと、みんなでワインの猛勉強を始めたわけです。各地のワインの特徴などしっかりと覚えて、ソムリエの話を聞きます。「当店のワインには、2種類あります」 「ブルゴーニュかボルドーかといった程度の平凡な分類ではないだろう。どんな凄い話をするのか?」と、みんなで緊張して聞いていると、ソムリエが続けるんです。「赤と白です!」

 

考えてみますと、ワインほど「うんちく」の多い飲み物はないですね。大体、レストランでどんなワインか聞いても、全くわからないほど凄い。「酸味が利いたキリッとした味わいですが、フルーティーさも感じます。野性味もありますがそれほど強くはなく、飲み心地の良いテイストに仕上がっています」なんて言われると、「結局のところ、なんなんだよ!」と心の中で突っ込みを入れざるを得ないのです。もっとも最近知ったのですが、ソムリエになる試験に合格するためには、ワインを実際に飲む必要はほとんど無いそうです。ワインの「知識」を身につけ、「年を経たビロードの舌触り」とか「濡れた小犬の香り」みたいな「詩的な表現」をマスターすれば、一人前のソムリエになれるそうです。ワインの場合、素人の人でも「うんちく」好きは沢山います。「レストランに行くと、思わずワインリストを読んじゃって、気が付くと30分は経っているんだ!」なんて言います。「凄いな」と素直に思う一方、「一緒にレストラン行きたくないな。。。」と警戒もするのです。こういう人って、プロ顔負けの知識を持ってたりするんですね。私も気が弱いところがあるもので、ついついリップサービスも兼ねて、「ワインについて教えてください」なんて言ってしまうんです。そうすると、本当に細かい、専門的なことを教えてくれます。でも、全体像が分からない中で、細かいところだけ説明されても、混乱するだけなんです。そういう風に考えますと、丸谷才一のエッセーに出てきたソムリエは、凄い人のように思えます。ワインを2種類に単純化して、「赤と白」みたいに提示するのは、素人にとっては非常に分かり易いのです。丸谷先生は書いてませんが、恐らくその料理に一番合った、「赤と白」を勧めてくれたはずです。

 

そして、このことは、弁護士が法律についてお客様に説明するときにも当てはまると思うのです。弁護士の場合、お客様に対して「詩的な」説明をすることはないですね。「今回の訴状は、生まれたての小鹿のように、臆病なほど繊細な内容の中に、アラスカベヤーの荒々しさも感じさせる内容になっています」なんて説明は流石にしません!

 

しかしながら、一般人では理解困難な、専門的で細かい説明を行ってしまうことはよくあるのです。赤か白かといった、とても分かり易い選択肢でありながら、お客様の状況に一番ぴったりとくる「赤と白」を提案する、そんな説明を心がけたいものです。

 

弁護士より一言

ステイホームの期間にプロジェクターを買ったので、家族で映画「mission impossible」を見ました。トム・クルーズは私と同年齢だそうです。「かっこいいね。パパと同じ年なんて信じられない!」と妻が失礼なことを言います。娘が、「パパの方が凄いよ。日常の使い勝手が良いもん! 高層ビルを登れてもしょうがないよね。」なんて言ってくれました。でもこれってフォローになっているのか、悩ましいのです。。。

(2020年7月1日 大山滋郎)

 

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