弁護士の補足意見
第293号 弁護士の補足意見
先日、妻と小さなフレンチレストランに行きました。
味はとても良いんですけど、あまり流行っていない。シェフと話してみて、その理由が分かった気がしたのです。
この人、こちらが軽い気持ちで何か言うと、必ず「それは違います」と反対してきます。
「このワイン、少し甘口で美味しいですね」なんて私が言ったら、「いえ。これは甘口ではありません。ドライとまでは言いませんが、中くらいの味です」みたいに答えます。で、でも、そういうのを「少し甘口」と表現して問題ないのでは。。。
「こういう郷土料理風の味に、なんとなくノスタルジーを感じます」と妻が言うと、「いいえ。そうではありません。この味は本場料理をアレンジしているから、ノスタルジーは無いはずです」と言い返してきます。妻が勝手に「ノスタルジー」を感じているんだから、それで良いじゃないかと思ってしまうのです。
とまあ、世の中にはこんな風に、何を言っても「まず反対」しないと気が済まない人がいるようです。うちの妻はシェフとのこんなやり取りが面白くて好きだそうです。
しかし普通の人は、反対されると、それだけで相手に敵意を持ちますよね。それ以上話を聞く気も無くなります。昔、官僚をしている友達から、「官庁に何か問い合わせがあったら、先ず『それは難しいですね』と言ってから、内容を検討するんだ」と教えて貰ったことがあります。確かにその方が、変に責任を背負い込まないで済みそうです。それに、役所のすることなら、誰も何も言えないでしょう。
私も会社員時代、初めて管理職になったとき、先輩がアドバイスしてくれたことを覚えています。「仕事を依頼した部下が報告に来たら、まずは見ないで突き返すのが大切だ」とのことでした。
さすがにこのアドバイスは信義に反するので、採用はしませんでした。確かに「もう少し真剣に考えろよ!」と言いたくなる報告を提出する人が一定数居たのも事実です。まずは自分で見直させるために、一度は突き返すというのも、意味があるのかもしれません。それでも、そんな理不尽な対応をされた部下は、上司に不信感を持ちますよね。ということで、裁判の話です。
最高裁判所の判決は、裁判官の多数決によってなされます。当然、多数意見に反対する裁判官も居ます。そういう人は、「反対意見」を、判決に付することができます。
以前、ある最高裁判事が、反対意見について書いたエッセーを読んだことがあります。単純に反対の意見を出しても、判例となるのは多数派の意見であり、そのまま埋もれてしまう場合が多いということです。そこで、反対意見ではなくて、取り敢えず多数派に賛成する一方、「補足意見」ということで、多数派の見解に一定の制限を設けるようにする方が良い場合もあるといった話でした。
さすがに、最高裁の裁判官となる人は、良いことを言うのだなと感心したものです。弁護士の場合、お客様や相手方と、いろいろ話をして解決策を見つけていくのが仕事です。ときにお客様の考えが、法的にはかなり無理筋だということはあるのです。
そういうときには、フレンチレストランのシェフのように、「それは違います」なんて、思わず言ってしまいたくなります。でもお客様の立場では、「反対されるために弁護士に高いお金を払っているのではない!」なんて思われそうです。
どんな見解でも、条件反射的に「それは面白いですね!」と言ってから、その要望の良いところを指摘する。
その後、じっくりと「補足意見」で、リスクの少ない解決案を提示する。
そんな「補足意見弁護士」になりたいと思うのです。
弁護士より一言
梶井基次郎に「檸檬」ってありますよね。丸善の棚に、香りを放つ檸檬の爆弾を置いてきたというあれです。先日、娘と檸檬の話をしていたら、「知ってる。大丸にレモンを置いた話だよね」 それを聞いて思わず「大丸じゃなくて、丸善だよ」と教えてあげたんです。すると娘は、「そうそう。パパの言うとおりだよ。丸善が大丸になったんだよね」 あ、アホか。なっとらんわ! しかし、娘の言葉を即座に否定した私と違い、私の言葉を肯定したうえで、「補足意見?」を述べた娘に、負けたような気がしたのでした。。。 (2021年5月17日 大山 滋郎)