見知らぬ弁護士の手紙
第381号 見知らぬ弁護士の手紙み
40過ぎのピアニストがツアーから戻ると、知らない女性から分厚い手紙が届いていた、というのが「見知らぬ女の手紙」の始まりです。舞台で女優が延々と、自分が送った手紙を読み上げるという劇です。
手紙の内容は①15年前、13歳で初めて会ったときからあなたに思いを寄せていた②18のときにあなたと関係を持ったが捨てられた。③妊娠がわかり、子供を産んで育てて嬉しかった。④偶然またあなたと会い、関係を持った。しかし、あなたに娼婦扱いされて悲しかった⑤子供が死んだ。私も死ぬので、その前に手紙を送る、といった感じです。もともとこの劇は、有名な伝記小説作家シュテファン・ツヴァイクの小説が原作なんですが、一人の男性に異常な執着を見せる女性の話です。劇の内容ではなく、役者の演技を見る芝居です。内容的には、私がまとめたことに尽きていますが、手紙の言葉はとても遠回しで感情過多です。手紙を読むだけなのに、2時間近くかかるという、凄い演劇です。篠原涼子の舞台に行きましたが、女性の執着・狂気を熱演してました。双眼鏡で見ていた妻によると、涙だけでなく鼻水まで出していたそうです。ただ、篠原涼子が読んでくれるのなら別ですが、現実の世界で、こんな長い手紙が来たら、まず読まないですよね。1枚目を読んで、意味不明なことが書いてあるような手紙ですから、怪文書としか思えません。まして送り主が知らない人なら、なおさらです。そう考えると、このニュースレターなんかまさに「見知らぬ弁護士の手紙」ですから、読んで貰えるだけで有難いです。
ただ、弁護士の仕事をしていると、面識のない人に手紙を出すことはよくあります。被告人から、親戚からお金を出してもらって欲しいから聞いてみてもらえないかと言われたことがあります。「これこれの理由で、お金を出すことを検討願います」と手紙を送りました。すると警察から電話がかかってきて、「振り込め詐欺だと相談があったんですが、そちらは本当に弁護士事務所でしょうか?」 まあ、見知らぬ弁護士からの手紙に警戒するのはやむを得ないのでしょう。そこまで凄いのは1度しか経験してませんが、依頼者に代わって交渉相手にお手紙を書くときは相当気を使います。それでも、「なんだって弁護士から手紙が来るんだ。喧嘩売ってんのか!」みたいなお怒りを受けることもあります。刑事事件で加害者が被害者に対して、謝罪文・反省文を送ることはよくあります。その送った手紙の写しを、裁判のときに、「被告人の反省を示す証拠」として提出するわけです。そのためにも、被害者側に謝罪文を受け取ってもらいたい。
でも、これってつまるところは、加害者側の勝手な都合なんですよね。それを考えると、「見知らぬ犯人からの手紙」を無理に押し付けるようなことははばかられます。それなら、謝罪文など作らなくてよいかと言えば、そういうわけにもいかない。弁護士として被害者側と話していると、「謝罪文はあるんでしょうね。まずは見せてください」なんて言ってくる人がたまにいるのです。そういう人って、謝罪文の中身に対するチェックも厳しいのです。いきなり、「先生、この謝罪文、どう思いましたか?」なんて聞いてきます。なんか雰囲気的に、「私もチェックしてました」とは言えない。言葉を濁していると、「全く反省の気持ちが見えない」といいながら、まさに「重箱の隅をつつく」ようなことを指摘してきます。民事事件の場合、当事者が事件について説明する陳述書というのを裁判所に出します。本人に書いてもらったものは、かなり長くなるのが普通です。
「見知らぬ女の手紙」の長い手紙と同じで、一見無駄に思える文章の中に、本人の思いが詰まっているんですが、そのまま裁判所に出すのはやはり問題です。できる限り本人の思いは残しながらも、かなりバッサリと短くしてしまうのですが、「私の言いたいことが全て無くなった!」なんて怒られたりもするのです。
弁護士より一言
観客席で、私の隣は太ったおじさんでしたが、この人大きないびきをかいて、本当に気持ちよさそうに寝てたんです。そこで私が、軽くツンツンと突いて、起こしてあげました。その後私の方が眠りに引き込まれたときに、隣のおじさんがトントンと軽くたたいて、起こしてくれたのです。「見知らぬおじさん」同士、心が通じ合ったなと、嬉しかったのでした。あ、あほか。。。 (2025年1月16日 文責:大山 滋郎)