トロイ戦争は起こらない
第416号 トロイ戦争は起こらない
「トロイ戦争は起こらない」は、フランスの外交官作家、ジロドゥの1935年の戯曲です。第2次世界大戦が目前に迫った状況下で、トロイ戦争前夜を舞台にした作品です。トロイの王子がスパルタ王妃を連れ帰ったことから、怒ったギリシャが王妃返還を求めて使者を送るところで幕が上がります。このままでは戦争になるという中、トロイの英雄ヘクトルは戦争を避けようとして活動します。トロイに非があるのは明らかなのだから、謝罪したうえで王妃を返せばよいと、みんなを説得します。ところがトロイの人達は戦争する気満々で、言うことを聞きません。自分では血を流さないくせに、「ここで引いたら国辱だ」「断固たる態度を示せ」と威勢の良いことを言う。そういえば戦前の日本でも似たような話があったはずです。日本政府の中には、事態の不拡大を図ろうとする動きが何度もありました。しかしそれに反抗したのは軍部と、その背中を押した世論だったはずです。こういう話は、弁護士の世界でも他人事ではありません。弁護士にも、争いを煽るのが大好きな人がいます。依頼者の怒りを見れば、「徹底的にやりましょう」と景気のいいことを言う。
一方、王妃返還を求めて来たギリシャ側も、「戦争上等」という態度です。当時の国際法に照らして、挑発行為としか思えない態度を取ってくるんです。それを指摘する法律家に、ヘクトルは「あれは挑発ではない」という解釈をするように命じます。そして、「良心に反する解釈はできない」と抵抗する法律家を無理やり従わせます。ヘクトルによると、法律ほど想像力を活用して、自由自在に解釈する学問はないそうです。なるほど現代日本でも、「この条文から、どうすればそんな都合の良い結論が出てくるんだ」と感心するような解釈が、想像力豊かな法律家によって日々生産されています。そう考えると、戦争を避けるために無理な解釈をしても問題ないような気もしちゃいます。
ちなみに日本では「大津事件」という、ロシア皇太子の暗殺未遂事件がありました。ロシアとの戦争を恐れた行政側が犯人を死刑にしろと圧力を加えたのに対して、裁判官は良心に従った「正しい」解釈を貫いたという事件です。でも、仮にそれで戦争になっていたら、多くの人が死んでいます。ヘクトルなら、「想像力を働かせて法を解釈して戦争を防げ」と言ったかもしれません。「トロイ戦争は起こらない」の話に戻ると、この戯曲で面白いのは、戦争を止めようとするのが、トロイ側の英雄ヘクトルだけではないことです。ギリシャ側の知将オデュッセウスもまた、戦争回避のために動く。敵味方に分かれているはずの二人が、破局を避けるという一点で手を組むのです。弁護士実務でも、ときどき相手方弁護士と妙な連帯感が生まれます。もちろん依頼者には言いませんが、内心では「この件、本当に訴訟まで行かずに止めたいですね」と思っていることがあります。こちらの依頼者も怒っているが、向こうの依頼者もたぶん同じくらい怒っている。そこで双方の代理人が、ヘクトルとオデュッセウスみたいに、「どこかで着地できませんか」と知恵を絞るわけです。依頼者の言葉をそのまま伝えると紛争が激化するときには、「丸い卵も切りようで四角。ものも言いようで角が立つ」なので、丸い言葉に「翻訳」しながら伝えます。それでも「戦争」が避けられない場合はあります。以前、そんな訴訟の期日で裁判官から「こんなの、話し合いで解決できなかったんですか」と言われたことがあります。随分努力したけれども、どうにもならずに法廷まで来ているのです。開戦後に前線を見にきた偉いさんに、「戦争なんてしなければよかったのに!」と言われたような思いがしたのでした。
弁護士より一言
私は妻にすぐ謝罪します。それでも妻からの攻撃は止まりません。「磨いたガラスに指紋を付けないで」「歩きながら食べて、ボロボロこぼさないで」と、次々に要求が来るのです。私としては、ヘクトル並みに平和維持へ努力しているつもりでした。しかし妻からすると、私は何度注意されても同じことを繰り返す、信用できない条約違反国家みたいなものだったようです。 (2026年7月1日 文責:大山 滋郎)





