弁護士のカタカナ語
第418号 弁護士のカタカナ語
カタカナ言葉に腹を立てる人は昔から居ます。役所や会社で「アジェンダ」「エビデンス」「コミットメント」などと聞くと、「日本語で言え!」と怒りだします。もっとも、使う本人もよく分からないまま口にしているようなカタカナ語の場合、聞かされる方はたまったものではありません。
ただ、カタカナ語をことさら日本語にすると、かえってわかりにくいこともあります。戦前には、野球で使うカタカナ語を嫌って、日本語に言い換えようという動きがあったそうです。ストライクは「よし」、ボールは「だめ」だそうです。少し違和感がありますが、慣れてくれば気にならないかもしれません。現代のフェイスブックでも、「Like」を「いいね」と訳して使っていますが、特に違和感もありません。考えてみれば、明治時代の日本は、西洋から新しい概念が雪崩のように押し寄せてきた時代でした。このときに、カタカナ語を使わずに、多くの概念を日本語にしてきたわけです。society を「社会」、economy を「経済」といった具合に、なんかとてもうまく日本語にしている気がします。法律用語でも同じようなことはありました。近代日本の法律は、明治期に西洋からほとんど丸ごと輸入されたようなものです。西洋の法律用語をそのままカタカナにしても誰も分かりません。そこで、「権利」「代理」「不法行為」みたいな、現代では普通に日本語として使用されている言葉が新たに作られたわけです。これって本当に凄いことだと思います。
しかし現代では、カタカナ言葉にしても、それほど違和感なく受け入れられているように思えます。そうでなければ、ルー大柴が「ドリームをギブアップしなければ、フォーエバーヤング」なんて言っても誰も笑わないでしょう。「一寸先はダーク」とか「寝耳にウォーター」なんて、意味が分からない人の方が少数派です。ただそうは言っても、
カタカナ語ですと、相手に通じるかどうかやはり気になります。メールで返信するときに、私はよく「インラインでコメントします」なんて書きます。でも、これに対して意味が分からないと苦情を言われたことがあるんです。そこで相手のことを考えて、「頂いたメールの行間に当方のコメントを付ける形で返信します」なんて書くこともあります。そういえば先日、娘がスープを作ってくれました。私には「トマトとか、お野菜たっぷりのスープだよ」と説明したのに、妻には「ミネストローネできたよ」と言ったのです。私にはカタカナ語を避けて分かり易い日本語で説明してくれたようですが、その思いやりに私の心は傷ついたのです。「み、みねそたろーねくらい知っとるわい!」と、心の中で叫んだのでした。メールの返信相手にも、「インラインくらい知っとるわ!」と憤慨させていたのなら済まなく思うのです。いずれにしても、最近の法律用語は、カタカナ語が本当に増えてきています。
たとえば「プライバシー」「コンプライアンス」「ハラスメント」「デューデリジェンス」なんて、一度は聞いたことがあるはずです。こういう言葉も日本語にした方が分かり易いことは間違いないと思います。ただ、ここが悩ましいところです。「ハラスメント」を全部「嫌がらせ」と言ってしまうと、日常語としては分かりやすいのですが、法律や企業実務で問題にしている特殊な意味合いが少し抜けてしまいます。「コンプライアンス」も、単に「法令遵守」と言うと、「最低限の法律さえ守ってればいいんだろう!」と誤解されそうな気もします。社内ルールとか企業倫理とか、もっと広い話まで含めたものだということが抜け落ちてしまいそうです。
弁護士として相談を受けるときも、この問題にはいつも悩みます。分かり易くしたため法律用語が持っている独特の意味が抜け落ちてしまうと、後からお客様に「そんなことは聞いていない。寝耳にウォーターだ」と言われてしまいそうです。
弁護士より一言
ニュースレターも20年近く続けています。初めの頃は、当初幼稚園児だった娘達の話を取り上げていましたが、大きくなるにしたがって「もうニュースレターに書かないで!」と怒られるようになったのです。しかし最近になると「パパ、ネタがないなら私たちのこと書いてもいいよ」と言ってくれるようになりました。情けないですが、嬉しかったのです。
(2026年8月3日 文責:大山 滋郎)





