消極弁護士の熱情
第199号 消極弁護士の熱情
高校生の娘たちから、英語の勉強について質問を受けます。どれも凄く難しいのです。「理屈じゃなく、覚えろ!」なんて言ってしまうのです。考えてみますと、 私が学生のころにも、理解できないことはありました。passive(受身な、消極的な)とpassion(熱情)の関係なんか、すごく不思議でした。同じ系列の単語なのに、正反対の意味です。暗記するのに苦労したのです。その後、2つの単語は実は同じものを現わしているのだと知りました。実体は同じで、それに対する評価だけが違うのです。
私は会社員生活が長かったんですが、人間関係って難しいですよね。普段は我慢していても、「やってられるか! もう辞めてやる。」なんて感情的になることもあります。しかし、理性的に考えると、会社を辞めて家族とどうやって食べて行くのか? 子供の学校はどうするのか? そんなことを考えて、普通はぐっと我慢します。しかし最終的に我慢できず、辞表を出したとします。 これを肯定的にとらえると、「やっと、今までの偽りの生活を捨てることができた。熱情(passion)をもって、本来の自分に戻れたんだ!」となります。一方、同じことを否定的にとらえると、「一時の怒りの感情に、身を任せて(passive)しまった。自分をコントロールできずに恥ずかしい。」ということになるのです。どちらが「正しい」ということもないでしょう。私もそうですし、ほとんどの人が、この2つの気持ちの間で、揺れ動いていると思います。「こらえて生きるも男なら売られた喧嘩を買うのも男」なのです!(ふ、古いなあ。何のことか分かりますか?)
弁護士をしていますと、お客様のこういった、「理性で考えた損得勘定」と、「これは絶対に認められないという感情」に向き合うことが多々あるのです。 刑事事件のお客様で、「自分は絶対にやっていない!」 という方は相当数いらっしゃいます。電車の中の痴漢事件など多いですね。弁護士としてはどうしても、理性に基づく損得勘定で話してしまいます。「本気で争えば何年もかかります。勝てるかどうかも分からない。たとえ勝てても、それまでに、家庭も崩壊してしまうのが普通です。腹も立つでしょうが、示談して穏便に終わらせる方が絶対に得ですよ。」 問題社員を首にしたら、逆に訴えられたなんて経営者の方も沢山います。「とんでもない奴だ! たとえ負けても、最高裁まで戦ってやる!」なんて言われたこ とは、何度もあります。その度に、「怒りに支配されてはダメですよ。冷静に、他の従業員や家族のことを考えて下さい。」なんて言ってきました。今考えると、 本人の気持ちを無視した発言に思えるのも事実です。 私自身、損得なんか考えずに、熱情の赴くまま行動し て、たとえ損しても、「ああ、すっきりした!」と思ったことは何回もありますから。ううう。。。
そうは言いましても、やはり弁護士としては、まず損得を考えて、「感情に支配されてはダメですよ。」とアドバイスするのが筋のように思います。それで思いとどまる人は、最初からその程度の「熱情」だったのでしょう。行動してしまえば、絶対に後から後悔するはずです。私がいくら止めても、「これだけは絶対に許せません!」というお客様は、たとえ損したとしても、 本気で何とかしようとしている人だと思います。 そんなお客様には、私も「熱情」を持ってついていく。 そんな弁護士になりたいものです。
弁護士より一言
高校生の娘は、英語の勉強のため、留学したいと言っていました。ところが先日、「もう英語分かったから、留学しないでもいいかも。」なんて言います。娘 によると、海外のレストランで注文できるくらいの英語力を身につけるため、留学したかったそうです。 ところが、メニューを適当に指さして、「This one, please.」と言えばよいことが分かったとのこと。あ、 あほか! もっとも私も、アメリカに住んでいたとき、 レストランで同じように注文していたのでした。(2017年6月16日発行)