弁護士のハムレット
第209号 弁護士のハムレット
私は、劇を見るのが趣味なんです。少し前に、内野聖陽主演の蜷川ハムレットを見てきましたが、この劇は本当に「名言」の宝庫ですね。今更あらすじを書くのもなんですが、国王が不審な死を遂げた直後に、王妃が亡き国王の弟と結婚するわけです。国王である父を心から愛しているように見えた母が、あっという間に叔父と結婚したことを受けて、ハムレットは女性に対して強い不信感を持ちます。
女には強い意志などなく、言い寄られるとすぐにナビクのだと言って、この名言が出てくるんです。「弱きもの、汝の名は女。」まあそうは言いましても、男も女も弱いものですから、あまり人のことは言えません。
私なんか減量を決意して、何度くじけていることか。刑事事件を起こした人で、薬物や万引きを止められない人も沢山いるんです。「弱きもの。汝の名は人間。」です。女性不信のハムレットですから、恋人にも冷たく当たります。
「私はどうすればいいのでしょう」と恋人に聞かれたときの「名言」がこれです。
「尼寺に行け!」
瀬戸内寂聴かよ!と、思わず突っ込みを入れたくなります。
確かに尼寺に行けば、心変わりや不倫の心配はないけど、そういうもんじゃないでしょう。ただ、刑事事件でも同じようなことがあるんです。罪を犯した人を弁護するときに、絶対に更生させますなんて主張するんです。痴漢を止められない人に、心療内科やカウンセリングを紹介して、立ち直りを助けるのも弁護士の仕事です。そういう努力を、検察官や裁判官に評価してもらい、少しでも軽い処分をお願いするわけです。でも、基本的に検察官は冷たいんですね。私が「こういう風に立ち直りの努力をしていますので、是非ご配慮をお願いします。」と検察官に言ったところ、「そういう人を直すところが刑務所です。」と言い返されちゃいました。け、「刑務所へ行け!」ですか。検事さん、あんまりだ。ううう。。。
女性不信のハムレットは、自分の母親にもお説教をします。「美徳を身につけていないのなら、せめてそのフリをしなさい。」 貞節でなくとも、せめて見た目だけはそうしろと言うんです。い、嫌な息子だなあ。でも、私も裁判の準備のときに、刑事事件の被告人に同じようなことを言うんです。大多数の被告人は、心から反省していますが、中には全く反省していない人が相当数います。自分は運が悪かったとか、本当に悪いのは被害者側だなんて思っているんですね。こんなこと、裁判で言われたらぶち壊しです。
そこで私もハムレットに倣ってアドバイスしちゃいます。「反省していないのなら、せめてそのフリをして下さい。」
このほかにも、ハムレットには本当に沢山の「名言」が出てきます。「金の貸し借りをしてはならない。金を貸せば金も友も失う。」なんて、現代日本でも普通に使われてますよね。「簡潔さがウイットの本質」なんていうのも、よく使われる名言です。ハムレットの中でこの名言を言う人が、自分自身では長々と退屈な話をするところがまた面白いんです。
私も、若手弁護士には「もっと簡潔に!」なんて言いますが、自分は長々とした文章を書いちゃいます。。。 「人が粗削りをすると、神が仕上げをしてくれる。」なんて名言も好きですね。うちの事務所でも、私がざっくりと「こうやろう!」と決めると、後は若手弁護士が細部までちゃんとやってくれるのです。おいおい。
劇の最後で、ハムレットも、叔父の国王も王妃も、みんな死んでしまいます。ハムレットの最後の名言が、またカッコいいんです。
「あとは、沈黙。」
弁護士より一言
子供が大きくなって、この「一言」に書くことも無くなってきました。
そこで娘に相談したんです。「これからは、見た芝居について書こうと思うんだけどどう? 内野聖陽の「ハムレット」の他にも生田斗真・菅田将暉の、「ローゼンクランツとギルデンスターンは死んだ」も見ましたって。」
娘は、「自慢? メチャクチャ嫌味じゃん! 一言だけ読んでるファンは本物じゃないよ。本文頑張って!」
もうすぐ娘は留学しちゃいます。心細くなってきたのでした。(2017年11月16日発行 大山滋郎)