弁護士の三方一両得

第284号  弁護士の三方一両得

大岡越前守といえば、八代将軍吉宗に仕えた、南町奉行、「大岡裁き」の名裁判官として有名な人です。将軍吉宗の「天一坊事件」なんて有名です。お城勤めをしていた母親が、生まれた子供に、「吉」の字を大切にするようにと言い聞かせていた。その子が、成長した後、自分は将軍の御落胤だと言って名乗りを上げてきたという事件です。大岡裁きで、天一坊は偽物ということになりました。今ならDNA鑑定をすれば簡単に分かりますが、当時は名奉行のお裁きだからということで、皆が納得したのでしょう。

 

大岡裁きで一番有名なのは、何と言っても「三方一両損」です。三両を落とした人と、拾った人の争いです。落とした人は、「落とした以上、もう自分のものではない。拾った人のものだから返してもらういわれはない」と言い、拾った人は、「落とした人のものに決まっているから受け取れない」ということで争いになり、奉行所まで事件が来たんですね。大岡越前は、自分が一両を出して四両にして、それぞれに二両ずつを与えて解決したという有名な話です。一両負担したので越前も一両損、三両貰えるところが二両になったそれぞれの当事者も一両損ということで、三方一両損の名裁きです。私も子供のころにこの話を読んで、素直に感動したものです。

 

もっとも大人になってから、「大岡裁きはまだまだだ」なんて意見を読みました。自分なら三方一両得にできるというんです。どうするかと言いますと、三両のうち一両を大岡越前が貰って一両得、残りの二両を当事者それぞれに一両ずつ渡して、貰えないと思っていたお金が一両手に入るので、一両得になるそうです。「なるほどな」と感心はしましたが、これでは江戸の庶民を納得させる「大岡裁き」にはならないですよね。お奉行様が身銭を切って解決してくれたところが、皆の納得感につながったように思います。

 

今の日本の裁判では、なかなか大岡越前の神のようなお裁きは期待できません。そもそも、こんな個人芸みたいなことに頼っていては、多数の裁判官が行う「制度」としての司法はやっていけないですよね。その一方、現代の裁判でも、8割以上の事件は和解で終了しています。必ずしも法律による解決ではないんです。また、労働審判という制度でも、法律に必ずしもとらわれないで、裁判官が一番良いと思う解決方法を出すことができます。

 

つまり、現代でも、勘所を押さえて、当事者の納得感を得られるようにするための、「大岡裁き」は十分にできるんです。ただ、裁判官になるためには、法律の勉強は必要ですが、人情の機微をついた「問題解決」能力の訓練は特に必要とされていません。それでも、「本当にうまいなあ」と、感心する内容の解決案を出して来る裁判官はいるんです。また、私が散々話しても説得できなかった依頼者が、裁判官が話したら納得したなんてこともありました。依頼者が、「さすがは裁判官だ!」なんて感心してるのを聞いて、「それ、私も同じこと、散々言ったじゃん」なんて思ったものです。やはり、天一坊事件解決には、裁判官の権威が必要なのかもしれません。

 

その一方、「こんな和解案で、誰が納得するんだよ!」と思う和解案しか出せなかったり、自分では「説得」しているつもりで、かえって依頼者を怒らしてしまうような裁判官もいます。まさに玉石混交といった感じです。

 

しかし、どんな名裁判官でも、自分が一両損をして事件解決をすることは許されていません。その点弁護士は、自由に活動できます。身銭の一両を使ってでも、花も実もある紛争解決ができる弁護士になりたいものです。

 

弁護士より一言

大学生の娘二人に、立て替えてくれていた3000円を渡したんです。すると、そこにいた私の母が、「それじゃ分けにくいでしょう。おばあちゃんが1000円あげるから、2000円ずつ分けなさい。」なんて言います。娘たちは、「わーい。ありがとう!」と、喜んでました。娘はお金がもらえて「得」、母は孫が喜んでいるので「得」ですが、私は「また孫を甘やかして。孫ではなくて、自分の子供を甘やかして欲しい」と、「損」した気分になったのでした。

                                                                                                                         (2021年1月2日 大山 滋郎)

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