弁護士の人間嫌い
第331号 弁護士の人間嫌い
今年は「モリエール生誕400年」ということで、多くの劇が上演されました。私も「守銭奴」とか「スカパン」とか、いくつか観に行きましたが、特に「人間嫌い」が好きです。主人公のアルセストは、本人の前ではうまいことを言って褒めておきながら、陰では悪口を言うような表と裏がある人達のことが大嫌いです。そして自分は、裏表なく人に接するんですが、それによって、「人間嫌い」なっていく。
例えば、アルセストのもとに、自分の作った詩を見せに来る人がいます。自分では「本当につまらない詩です」「是非とも正直な感想をお聞かせいただきたい!」なんて言ってきますけど、詩を褒めて欲しい気持ちがあるのは明らかですよね。一言褒めさえすれば、相手も喜ぶし、円滑な人間関係が築けます。褒めた後で、仲間内では「さすがにあの「詩」は無いよな。ププッ」なんて笑いあうのも楽しいものです。おいおい。。。
ところが主人公は、こういうことを、心底軽蔑しており、自分でも絶対に出来ない。「私には何とも言えません」と最初は黙秘をします。しかしどうしても「正直に言って欲しい。どんな意見でも受け入れます」みたいに言われると、本当に「正直」に、その「詩」をボロクソに貶すんです。そしてさらに、「あなたは立派な方だということは認めましょう。それで十分ではないですか。なぜ詩人になろうなどと思うのですか?」なんて嫌味なことまで言います。ここまで言うと、人間関係が完全に壊れてしまいますね。
しかし考えてみますと、こういう「人間嫌い」な弁護士、かなり沢山いるように思います。お客様対応が、しっかりとできないんです。お客様の中には、色々と法律のことを調べてきて、自分の考えを述べる人もいます。中には本当に参考になることもありますが、かなりピントがずれたことを言ってくる人もいます。コミュニケーション能力の高い弁護士なら、「なるほど。それは良い考えですね」と褒めておきながら、少しずつ間違いを修正していくわけです。
しかし、弁護士の中には、「法律」には詳しくても、「人間」が嫌いな人がいます。ある意味優秀な人たちですが、顧客対応はできない。そういう弁護士ですと、お客様に対して、「それは法的に全く間違っている」なんて平気で言ってしまいます。
「人間嫌い」に戻りますと、そんなアルセストが、ある女性に恋をします。ところが、その女性は、多くの男性に対して、本人の前では褒めて好意を伝える一方で、他の男性の前ではその人をこき下ろすような人です。自分が嫌っている典型のような女性に恋した主人公が、表裏のある人間は許せないという理性と、恋心という「感情」のあいだで、どうなっていくのかを演じる、「人間喜劇」です。
名作と言われているだけあって、400年後の現代に観ても、とても面白い。こういった、「理性」と「感情」の対立は、弁護士の仕事でもよく経験します。「理性は感情の奴隷」だそうですが、理性では、「ここで引いた方が得だ」と十分に理解しているが、感情が追い付かないなんてことはよくあります。
お客様の言い分でも、法律を離れて考えると、「確かにもっともだ!」と思えることもあります。それだけに、「たとえ負けるにしても、最後まで戦いたい」なんて思いのお客様は相当数いるのです。
こういう人に対しては、ある意味困ったなと思う一方、魅力的な人だと感じる場合も多いのです。「人間嫌い」のアルセストも、「困った人」でしたが、とても魅力的な人でした。ちなみに後世の作家が、「人間嫌い」の続編を書いています。アルセストは、とても愛想の良い人になった代わりに、平凡で俗っぽい、魅力のない人になってしまったという話でした。
弁護士より一言
ニュースレターを作ると、まずは妻に見て貰います。正直なコメントは欲しいのですが、実際に妻から修正点の指摘を受けると、私の機嫌が悪くなるそうです。「それならもう何も指摘できない」と妻に言われます。自分ではそんなつもりはないのですが、本当に情けない。自分がこんなに褒めて欲しいのだから、私も来年は、他人をもっと褒めようと決意したのです。 (2022年12月16日 大山滋郎)