プロクルステスの寝台

第367号 プロクルステスの寝台

プロクルステスというのは、ギリシャ神話に出てくる盗賊です。親切なふりをして、旅人を家に泊まらせます。そこで寝台で寝ている旅人の身長が、寝台より短いとハンマーで叩いて引き延ばし,旅人の身長が寝台より長いと、はみ出た手足を切り落として殺害したんです。この悪人、英雄テセウスに退治される、モブ悪人に過ぎなかったんですが、今では超有名人です。それは、マルクス主義のマルクス大先生が、この人を取り上げたからです。マルクス先生は、自分の理論に合わせて、無理やり事実の方を切ったり延ばしたりする学者達を批判するのに、このギリシャ神話を持ち出したんです。「それってまさに、マルクス主義のことじゃないんですか!」と、思わず突っ込みを入れたくなります。もっとも考えてみますと、法律といいますか、現在の日本の裁判制度というのは、まさにプロクルステスの寝台を用いているのです。法律に縁のない人たちは、「裁判というのは、様々な事情を考慮して、一番妥当な判断をしてくれる制度のはずだ」と思っているようです。でも、それって全く違うんです。あらかじめ法律で、「こういった紛争に関しては、この部分の事実だけを考慮することにして、他の事実は無視する」と決められています。まさに、「法律」という名前の「寝台」があるのです。

例えば、物を買ったのにかかわらず、代金を支払わないなんて事件があります。こういうときに法律家は、基本的に法的な事実だけを見ます。「売買の合意はなされたんですか?」「品物は受領したんですね?」「代金支払いの期限は来てますね?」といった感じで「ポイント」を押さえていきます。こういった事実だけが、「プロクルステスの寝台」に収まる事実というわけです。裁判官や弁護士になる人は司法試験に受かった後に、司法修習を受けます。そのときに、こういった、「この事実は判断の基礎にする」「この事実は、関係ないから無視する」といった「振り分け」を勉強することになります。「法律家たるもの、無関係な事実に惑わされることなく、重要な事実のみで判断すべき!」ということです。

さらには、「寝台」の中の事実について、どちらが正しいかわからない場合には、どちらを勝たせるか予め決めておくというルールまで学びます。ここまでやれば、どんな紛争でも、機械的にアッという間に勝敗が決まります。しかしながら、代金を支払わない方にも、「寝台」からはみ出した言い分はあるのです。「以前、あんたが困ったと言って泣きついたときには、俺は支払いを待ってやったじゃないか。そのときの恩を忘れたのか!」「支払いが遅れたのは悪いが、他人の前であんな言い方はないだろう! そこまで言われたら、意地でも払ってやるものか」みたいな感じです。こういった主張は、法律家以外の人たちにはもっともに思えるはずです。「大岡裁き」は、こういった様々な事情を汲み取って行われないと、多数の人々の納得を得られないはずです。そもそも、このような「寝台」システムは、明治の時代に西洋から入ってきたものです。それ以前は、「長期的な関係を前提に、これまでの貸し借りを考えたうえで、紛争を解決する」というシステムだったはずなんです。

その一方、明治以前のシステムは、裁判官も当事者も昔からの知り合いでないと、うまく機能しないはずです。当事者間のことを何も知らない裁判官が判断する場合、「10年前にこんな事情があった」とか「あの家とあの家は、これまでこういう歴史があって。。。」なんて言われても困ります。そもそも証拠もない中で、立証できるとも思えません。今争われている事案について、結論を左右する大切な事実だけ教えて欲しいと言いたくなります。それがまさに、法律における「プロクルステスの寝台」となるのです。ただ、お客様に最初に接する弁護士としては、「寝台」に収まりきらない事情について、切り捨てることなく、寝台の中に納まるようにできればと思うのです。

 

弁護士より一言

「寝台」といえば、寝台列車の旅です。若いころには、札幌までの寝台列車があり、私もトライしました。寝台列車はどんどんとなくなり、現在は出雲方面に行くサンライズが残っているだけです。少し前に、サンライズの寝台列車で、鳥取の大山に登ってきました。いい経験になったと思いますが、寝台列車は辛い。次回は、飛行機で行ってホテルで寝たいと思ったのです。                                                                                                   (2024年6月17日  文責:大山 滋郎)

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