弁護士の「夜来る」

第371号 弁護士の「夜来る」

パリのオリンピックで、日本の絶対王者の女性柔道選手が負けました。そのとき彼女は号泣したんです。

これに対して、「死ぬ気で頑張ってきたのだから、やむを得ない」という意見もある中、「武道家たるもの恥ずかしい」なんていう人もいました。確かに褒められたことではないでしょう。しかし本人も、好き好んで泣いた訳では無いはずです。「負けても取り乱すようなことはしまい」と普段から思っていても、「そのとき」になったら、感情を抑えられなかったのだと思います。「夜来る」は、SF界を代表する作家、アイザック・アシモフの短編です。数百年に一度文明が崩壊する世界の話です。このSFの社会には複数の太陽があり、いつも「昼」の状態です。これまでの歴史を見ると、数百年に一度、文明が崩壊して、また一からやり直してきたということを、現在の市民たちも理解しています。そのときには、複数の太陽全てが日食になり、「夜」が来るであろうことも、みんな理解しているのです。しかし「夜」が来ても、「暗くなるだけじゃないか、何が問題なんだ」と思っているんですね。

ところが、実際に「夜」が来ると、それまで複数の太陽で隠されていた多くの星たちがまたたきます。その星々の輝きに気を狂わせた人たちが、明かりを求めてすべてに火をつけて、自分達の文明を破壊するという話です。頭では分かっているつもりでも、現実に「夜」が来たとき、感情に与える影響が予測できないということだと思います。

一方、「夜」が来たときに取り乱した人のことを、「夜」を経験していない人が批判するのは、控えた方が良いと思うのです。こういった、「夜」を経験する話は、色々とありそうですよね。癌になり、余命告知をされた高僧の話なんか有名です。悟りを開いている高僧ということで、医師も安心して余命がわずかだと告知したんですね。ところが、それを聞いた高僧は、急に落胆して、かえって寿命を縮めてしまったという話です。「高僧」に対する悪意がある話だと思う一方、いかにもありそうです。

だからと言って、「夜」を経験していない人が、この高僧を批判するのは、恥ずかしいことだと思うのです。考えてみますと、国にとっての「夜」が来たときに備えた規定が「憲法」のはずです。平和憲法の下では、防衛も含めて、全ての戦争が否定されています。この憲法を支持し、諸外国にもこの思想を普及しようとする人たちは沢山います。それでも、ロシアのウクライナ侵略に対して、ほとんどの護憲者たちは、「ウクライナは平和ために降伏しろ」と言わずに、ダンマリを決め込みました。「夜」が来たら、それまでの主張などどうでもよくなるんでしょう。将来、国際紛争が起こり、日本の世論が戦争に傾いたときには、「平和論者」の9割以上が「国を守れ」ということに、私は全財産賭けちゃいます! 弁護士の業務の中でも、「夜」が来たときには、違う対応になるということは沢山あります。お客様の中には、非常に強気な方もいます。「これは負けるリスクが十分もあるのですから。今の段階で和解しましょう」なんて提言しても、全く聞いてもらえません。

ところが、相手方が本当に訴訟を提起して、訴状の送達という「夜」がきたら、急に態度を変える方は相当数います。訴訟を想像していただけの状態と、現実に裁判所から訴状が来る状態とは、大きく違うようです。こういうこと、弁護士の業務でよくあります。例えば、「絶対に離婚しない」と宣言している配偶者への離婚手続きなど、現実に裁判といった「夜」が来ると、相手方の感情も違ってくるのです。

 

弁護士より一言

「夜」が来たときの準備をしたいと思っています。娘が「これはやめた方が。。。」という結婚相手を連れてきたときの準備をしてみました。一度は反対するけど、「それでもどうしても!」と言われたときの対応ですね。「分かった。それなら応援するよ。もし何かあったら何時でも帰っておいで!」というのがカッコ良さそうです。ここまで準備しているのに、うちの娘二人とも、なんだか家に居座るつもりみたいです。ううう。。。                      (2024年8月16日 文責:大山 滋郎)

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