弁護士のワーニャ伯父さん
第378号 弁護士のワーニャ伯父さん
「ワーニャ伯父さん」は、帝政ロシアを舞台にした、チェーホフの演劇です。
村上春樹原作の映画、「ドライブ・マイカー」の主人公が手掛けてたのもこの芝居です。近代演劇の代表作で、日本でも毎年上演されます。ワーニャ伯父さんは、亡くなった妹の忘れ形見の娘と一緒に暮らす、独身の初老男性です。妹の夫の領地を管理しています。死んだ妹の夫は首都モスクワで大学教授をしているやり手ですが、利己的な人間で、娘を領地に放置して好き勝手に生きています。
一方ワーニャ伯父さんは、姪の面倒をみながら、領地から妹の夫にお金を送り続けている。これだけ見るとワーニャ伯父さんは可哀そうですが、そんなに単純ではない。現代の日本でも、親の仕事を手伝っていた子供と、離れて暮らしていた子供の間で、相続の争いが生じることはよくあります。「親のために尽くしてきたことを特別に評価しろ」という主張に対して、「衣食住を親に世話になり、それなりの給料をもらっておきながら、何を言ってるんだ」という主張とで、骨肉の争いが生じます。ワーニャ伯父さんも、主観的には義弟の為に尽くしていると思っていますが、本当のところは怪しい。領地の人たちには威張ってお金を搾り取り、自分の義弟が有名な大学教授だと自慢するような俗物です。古典演劇の主人公はみんな、「偉大な人」「極悪人」「弱くて可哀そうな人」だったんです。でも、ワーニャ伯父さんはどれにも当てはまりません。俗物で、偉大な人とは言えない。だからといって、悪人でもないし、平均よりはよほど恵まれている人です。そんなワーニャさんのところに、義弟が若い奥さんを連れて帰ってきます。好き勝手に振る舞った挙句、「この領地は売り払おう」なんて言い出します。当時のロシアは、資本主義が浸透してきた時代です。能力のない貴族から、力を付けた資本家が取って代わろうという時代ですね。「桜の園」みたいに、領地を売り払う貴族が沢山出てきていたようです。
しかし、義弟のセリフを聞いたワーニャは、自分のこれまでの頑張りを否定されたように感じます。激怒して、ピストルを持って暴れるのが、この劇のハイライトです。確かに、ワーニャ伯父さん、気の毒にも思えます。でも、伯父さんよりも可哀そうな人はいくらでもいるし、伯父さんはとても恵まれていました。厳しいこと言うと、恵まれていたのに能力が足りないから、領地の人に威張るだけで、十分な収益を上げられなかったのでしょう。だから、やり手の義弟は領地を売ろうと決断したわけです。でも、ワーニャ伯父さんは自分を顧みるだけの能力もない。爆発してから絶望に沈むだけですが、だといって気の毒な「弱者」でも「少数者」でもない。弱者には手を差し伸べる強者がいますが、誰もワーニャさんみたいな、僻みっぽい俗物を助けようとは思わないんですね。そんな中、劇の最後で妹の忘れ形見の姪が、ワーニャに励ましの言葉を送ります。とても有名な場面ですから、知っている人も多いと思います。「ワーニャ伯父さん、生きていきましょう」「他の人のために、今も、年を取ってからも、働きましょう」「すると神様はあたしたちのことを憐れんでくださるわ」なんてセリフです。しかし、こんなことを言ってくれるのは姪だけで、多くの人はワーニャを、「恵まれているのに文句の多い人」みたいに見ていたはずです。
というわけで、先日のアメリカ大統領選について考察しちゃいます。現代アメリカにも、多くの「ワーニャ伯父さん」がいたのだと思い至ったのです。優秀ではないが、弱くもないし少数者でもない。でも、新興国や移民たちに自分達の立場を脅かされている。銃をもって暴れる人が出るのもワーニャ伯父さんと似ています。そんな人々に、「甘えるなよ!」「十分に恵まれているだろ!」なんて厳しいことを言う代わりに、「君達は悪くない。悪いのは不法移民や新興国だ!」と励ましたのがトランプ大統領だったのではないかと思ったのでした。
弁護士より一言
先日コンビニで、クオカードを数枚購入したら、高校生くらいのレジの男の子から、「何に使うか教えて下さい」と聞かれました。「なんでそんなこと聞くんだよ」と思いながら回答したところ、男の子は済まなそうに言いました。「詐欺防止の為に、お年寄りには質問するよう言われてます」 たとえ嘘でも、「沢山買う人には質問してます」と言って欲しかった。ううう。。。 (2024年12月2日 文責:大山 滋郎)