ハムレットの証拠
第379号 ハムレットの証拠
かの有名な「生か死か、それが問題だ」のハムレットです。一般的には、優柔不断な主人公とされています。父親である王様が死んだので、王子ハムレットが急ぎ帰国したところから劇は始まります。死んだ王の弟が、ハムレットの母親(死んだ王の妻)と結婚し、新しい王になったことで、ハムレットは心穏やかではない。そんな中、ハムレットは、父親だと名乗る亡霊に会うんですが、その亡霊は自分は弟である新王に毒殺されたと告発します。これを聞いたハムレットは、本当のことなのか、悪い霊に騙されているのか、悩むわけです。これは悩んで当たり前ですよね。さすがに何も調べないで「有罪」認定する人はいないでしょう。ハムレットも、「もっと確かな証拠が欲しい」と独白します。当然ですね。そこで現代の警察なら、亡霊から殺されたときの詳しい話を聞いたり、新王のアリバイや毒の入手経路を調査するでしょう。
でも、ハムレット王子はそんなかったるいことはしません。王の有罪の「証拠」を得るには、「それには芝居だ!」と結論付けるんです。私のような凡人には、思いもよらない思考回路です。そこでハムレットは、旅芝居の一座を招いて新王の前で芝居をさせます。その芝居の内容というのが、王を殺した犯人が王の妻と結婚して、新王となるというものなんです。「そのまんまやんか!」と思わず突っ込みを入れたくなります。この芝居を見た新王は動揺します。こんな嫌味みたいな芝居を見せられたら、誰だって呆れたり怒ったりすると共に、動揺もするでしょう。しかしハムレットは、これによって新王の有罪を確信しちゃいました。
先日、紀州のドンファンを覚せい剤で殺した罪で裁判になっていた若い妻に、無罪判決出ましたよね。妻が覚せい剤の売人から薬を買ったこと、当日の不自然な行動、ネットで完全犯罪など検索していたことが証拠でしたが、それでも無罪でした。でも、裁判したのがハムレット判事だったら、そんな面倒なことはしませんね。妻の前で「若妻が老いた夫を毒殺する芝居」を見せて、動揺したなら有罪判決を出したかもしれません。。。
いずれにしても、ハムレットは新王の有罪を確信します。それならすぐに復讐するかというと、直ぐには行動しない。殺そうとしたときに新王が神に祈っていたので、今殺すと天国に行く可能性があるなんて理屈をつけて決行を延ばします。そんな風にためらっているうちに、王のたくらみで命を落とすことになるんですね。そもそもハムレットは、自分が自殺するか悩むときには、死んだらつらい夢を見ることになるから止めとこうと悩むわけです。毒を飲んでから、神に祈りながら死ねば天国に行けるんじゃないのかよと、突っ込みたくなります。
ちなみにハムレットが恐れる死後の悪夢とは、「権力者の不正」「高慢なやからの無礼」「役人の横柄」みたいなもので、いずれももっともです。ただその中に、「長引く裁判」というのも入ってました。今も昔も、皆さん裁判の進行には不満があるようです。さらに言えば、裁判で死刑判決が出ても、なかなか執行されないことに対する不満もよく聞きます。新王の有罪を確信したのに、なかなか復讐をしないハムレットにも重なる問題です。死刑の執行には、法務大臣の命令が必要です。ただ、死刑囚の冤罪事件などを考えると、大臣としても刑の執行については、慎重のうえにも慎重にならざるを得ないのでしょう。ハムレットも、「芝居」の証拠で有罪認定しても、執行を躊躇ったのは、正しいことだったのかもしれません。私がハムレットを見ていて一番気になるのは、新王の有罪認定に当たり、誰も弁護人が付かなかったことです。
私が弁護人だったなら、新王と結婚したハムレットの母親や、新旧両王に仕えた宰相を証人申請して、時間をたっぷりかけて、新王の為に弁護しちゃいます。もっとも「そんなことするから『長引く裁判』になるんだ!」と、ハムレットに叱られそうで心配になるのでした。
弁護士より一言
前回の一言で、詐欺にあいやすいお年寄り扱いをされたことを書いたところ、同年代の知人からマウントされました。「自分なんかコンビニでお酒を買うと、未成年でないことの確認を求められる」そうです。でも私だってコンビニで、20歳以上の確認を求められるんです。うっとうしいなと思わないで、素直に「そんなに若く見られているのか!」と思うようにします。 (2024年12月16日 文責:大山 滋郎)