弁護士のビッグブラザー

第246号 弁護士のビッグブラザー

 ビッグ ブラザーというのは、「1984年」という小説に出てくる独裁者です。この独裁国では、権力を維持するために、いつでも外部と戦争を行っています。歴史を作り替える「真理省」とか、国民を拷問・洗脳する「愛情省」といった、思わず笑ってしまうほど凄い機関がある国です。それだけでは足りずに、町の到る所に「ビッグ・ブラザーがあなたを見ている」という標語とともに、監視カメラやマイクが設置されているという、恐ろしい世界を描いた小説なんです。別に私は、現代日本が、「1984年」みたいに酷い国だなんて思ったことはありません。

 

 しかし、こと街中で行われている録画についていえば、現状は「1984年」を超えているようです。街中で行われた刑事事件の場合、警察が本気を出せば、ほとんどのケースで犯人が特定できちゃうように思えます。私の担当した事件でも、駅構内での犯罪でしたが、犯人の姿など全て録画されていました。路上で行われた事件のときなんか、本当にびっくりしました。被疑者は否認していたんですが、警察が出してきた証拠は、交差点のカメラはもとより、マンション等民間施設の防犯カメラ等を使い、被疑者の逃走しているところなど、すべて記録されていたのです。さらに今後は、痴漢があったかどうかなど明確にできるよう、電車の中にもカメラを設置しようという話が出てきています。そのうち、公衆トイレにも防犯カメラが設置されるかもしれません。

 もっといえば、今後は全ての自動車にドライブレコーダーが設置されるでしょうから、それを利用すればあらゆる記録がとれそうです。近い将来、どこにいても、「ビッグ ブラザーに見られている」ことになりそうです。ただ、それが必ずしも悪いことかと言えば、そうは思いませんね。しっかりとした証拠が残されることで、真犯人が捕まりやすくなる一方、冤罪を防止することも出来そうです。警察による取り調べについて、その一部始終を録画しようなんて動きもあります。警察が、脅したり騙したりして、無罪の人から「自白」をとるなんて批判されていました。そういうことが起こらないようにするために、全ての取り調べを録画しておいた方が良いということです。警察は嫌がっていますが、痛くもない腹を探られずに済むという意味では、かえって歓迎して欲しい気もします。

 

 もっとも、被疑者の「自白」について、一般には知られていない事実があるんです。否認している被疑者に対して、強く説得して自白させるのは、多くの場合弁護士なんです。「これはどう考えても有罪だ。」というときに、いつまでも否認していると、かえって悪い結果になります。弁護士としても、強く働きかけて、自白させた方が良いと考えるんです。私も、DNAで有罪と出ているのに、否認を続ける人を説得したことが有ります。ただ、そういう事件の中に、ほんのわずかでしょうが、実は冤罪だなんて事件が混ざっているのが、弁護士の仕事の怖いところです。ネットの遠隔操作の事件で、まさか遠隔操作が出来るなんて思いもしなかった弁護士が、被疑者を説得して自白させたなんてことがありました。私でも同じ間違いをしたかもしれません。

 

 もし、弁護士と被疑者のやり取りも全て録画されるとなると、怖くて積極的に自白を促すようなことは一切言えなくなりますね。民事事件の場合でも、和解をうまくまとめる為に、弁護士が相手方に対して、「依頼者が頑固ですから済みません。貴方の言うことは正しいんですが、何とか受けてもらえませんか?」なんて話すんです。こんな駆引きで、和解を目指すのですが、全てが録画されて依頼者に見られたらと思うと、こんなこともできなくなりそうです。

 

弁護士より一言

 ミス ユニバースを何人も育てた人が、「美人になるために一番必要な道具が一つある。」と話してました。答えはビデオなんですね。自分の姿を客観的に見ることで、美しいしぐさや振る舞いなどを取れるようになるそうです。妻から食べ過ぎ注意と言われている私ですが、家にビデオが付いてしまったら、こっそり隠れて、好きな煎餅も食べられない。「ビッグ ママ」が、ビデオ設置しないよう祈るばかりです。。。

                                        (2019年6月3日 大山滋郎)

 

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