尾生弁護士の約束

第268号 尾生弁護士の約束

尾生(びせい)というのは、古代中国の人です。「絶対に約束を守る!」ということで有名な人でした。論語の中で孔子大先生も言及していますし、芥川龍之介も小説にしています。

あるとき、川沿いで女性と待ち合わせの約束をしたんですが、大雨になって川が氾濫してしまいます。それでも尾生は約束を守って川のそばで待ち続け、最後には溺れ死んだというエピソードがあります。思わず、何だよそれは!と言いたくなります。尾生は柔軟性に欠ける愚かな人と批判されても来ました。その一方、愚直に約束を守る信頼できる人として、三千年近く経った今でも名前が残っているのです。

 

そもそも、「約束」というのは、どこまで守らないといけないのか、必ずしも簡単ではないようです。常識的に考えると、最初から守るつもりのない約束をするのは大変悪いことですが、必ずしもそうとは言えない気もします。

以前、徳川五代将軍綱吉の話を読んだことがあります。「お犬様」で悪名高い、生類憐みの令を作った将軍ですね。この法律の評判が悪いことを知っていた綱吉は、次の将軍に、天地神明に誓って生類憐みの令を継続することを「約束」させたそうです。ところが、綱吉が亡くなると、新将軍はすぐに約束を破り、この法律を廃止してしまう。

でも、これについて非難する人は聞いたことがありません。現代の日本でも、法律違反の労働契約や消費者契約などに関しては、たとえ約束しても守る必要はないということになっています。私も、従業員や消費者の代理人になれば、依頼者のために「契約は無効だ!」と主張します。

 

しかし、約束を破る手伝いをすることに、少し抵抗を感じるのも事実なのです。約束をどこまで守る必要があるのかという点になると、国によっても違いがありそうです。米国のロースクールで、契約法の授業を受けたときは驚きました。商品を一定の価格で販売する契約を締結した後、その商品が値上がりしたというケースです。前の契約を破棄して、新たに高額で販売した場合の損得について講義を受けたんです。契約や約束は、破られることを前提に考えないといけないのかと、感心しちゃいました。

 

実際アメリカ流の契約書には、契約が破られたときにはどうなるのかなど、本当に長々と書かれています。「問題が起こったらお互い誠意をもって協議して対応しましょう」といった、日本式の契約書とはかなり違います。アメリカでは、「人は約束を破るものだ」という前提で、契約書を作っているようです。これは確かに合理的な考えですが、こういうことばかり考えていると、他人から信頼されるのも難しくなりそうです。アメリカでは弁護士に対して、「油断のならない奴らだ。騙されないように気を付けないと。」という意識があるのも、理由がありそうです。

 

私も、会社勤めをしているときは、アメリカ弁護士に対して、そんな風に思ってました。でもこれって、多かれ少なかれ日本でも同じです。私が独立開業したときに、ある人から「世間の人たちは、弁護士を警戒しているのに、それを自覚している弁護士は少ない。そのことに気がついている弁護士が、信頼を勝ち得ていけるんだ。」と、アドバイスしてもらいました。確かにそんな気がします。アメリカでも超一流の弁護士は、まず何よりも「信用」を大切にしていたように思います。弁護士も信頼が大切だということは、複数の裁判官から言われました。「主張の内容も大切だが、それを言っている弁護士が信用できるかどうかを、裁判官は見ている。」んだそうです。ほ、本当ですか。。。

 

尾生のように、柔軟性に欠けた弁護士は困りものでしょう。しかし私は、馬鹿正直と言われるくらい、約束を守る弁護士になりたいのです。

 

弁護士より一言

自分の子供達には、「人間信用が一番大切だよ。約束は必ず守らないといけないよ!」と教えてきました。「約束を破ると、誰も信用してくれなくなるよ。」と言い続けてるんです。ところが自分自身は、「食べ過ぎない」「飲み過ぎない」「太らないように節制する」といった約束を、何度も妻としていながら、いつの間にか元に戻っている。全く説得力のないところが、辛いのです。。。                                                                          (2020年5月1日 大山 滋郎)

 

お気軽にお問い合わせ、ご相談ください。 TEL:0120-0572-05 受付時間 365日 24時間受付 地下鉄みなとみらい線 日本大道り 3番出口 徒歩2分

無料メール相談はこちらから