弁護士のマシュマロ・テスト

第342号 弁護士のマシュマロ・テスト

私も還暦を迎えたので、年金も他人事でなくなりました。そう思ってネットを見ていると、「年金は何歳から貰うのが得なのか」といった議論が、沢山あることに気が付きました。年金をもらえるのは、基本は65歳ですよね。60歳から貰うこともできますが、その場合は年間2-3割低い金額となります。一方、70歳から受給することもでき、そのときには3-4割増加した金額を貰えるわけです。そういう中で、年金は何歳からもらうべきかということが論争となっているようです。70歳から貰う方が得という人達の主張はこんな感じです。銀行にお金を預けているのだと思えば、遅く貰えるときまでの利息は信じられないほどの高利じゃないか。また、現在日本の平均余命から考えれば、長い目で見たら基本的に得するというんです。確かに論理的な意見に思えます。一方、出来るだけ早く、60歳から受給すべきという意見の人はこう言います。人間いつ死ぬか分からない、実際に年金貰う前の65歳で亡くなった人もいた。それ以前に、そもそも政府が信じられない。「国家100年の計を定める年金制度」なるものは、10年毎に改正されている。貰わないで待っているうちに、年金受給額が減らされて結局損をした、なんてことは十分起こりえる。英語のことわざにある、「藪の中の2羽の鳥より、手の中の1羽の鳥」って感じです。これはこれで、もっともな意見に思えます。私の能力では、どちらが正しいのか判定できませんが、この年金論争を読んでいて、これって大人の「マシュマロ・テスト」だなと思い至ったのです。

これは子供を被験者とした、スタンフォード大学の先生が開発した実験です。子供の前にマシュマロを一つ置いて、15分間食べるのを我慢出来たら、もう一つマシュマロを上げるよと伝えます。半数の子供は我慢出来たそうです。その後、我慢できた子とできなかった子供について、継続的に調査をしていきます。すると、我慢できた子供の方が、テストの点数もよく、社会的に成功していたことが判明したそうです。つまり、良き未来を期待して、今を我慢できる人の方が成功しやすいという話なんですね。これ自体に文句を付けようとは思いません。ただ、このテストは、「未来に多くのマシュマロを約束している人が裏切らない」という信頼無くしては成り立たないのではと思うのです。今の高齢者には若い頃企業で、安い給与で馬車馬のように働いてきた人が沢山います。今は我慢しても、いずれ歳をとれば、倍の「マシュマロ」が貰えると信じて頑張ってきたのでしょう。しかし今になってリストラの対象となり、「騙された!」と感じている人も沢山いそうです。

 

というわけで、弁護士の話です。刑事事件で、被害者にお金を払って示談することはよくあります。示談によって不起訴になったり刑が軽くなったりします。このときの示談金ですが、100万円のキャッシュ払いなら検察官に評価されて不起訴になることはあります。一方、200万円の分割払いは、全く評価されません。そんな未来の約束、ひとたび不起訴になれば、多くの被告人が守らないというのが常識だからです。刑事事件の犯人は、それだけ信頼されないのでしょう。マシュマロ・テストみたいに200万円の分割を選ぶ人は、弁護士失格と言われそうです。

このことは、刑事事件だけではなく、民事事件の和解金についても当てはまります。多額の分割払いを安請け合いするような人は信用できないというのが、弁護士の常識です。こういうときは、少々金額が下がっても、一括払で交渉していきます。離婚の際に問題となる、子供に対する養育費等についていえば、この点は凄く気にします。現代日本では、養育費を払わない人の方が一般的なんですね。それを考えると、未来に受け取れる多くの養育費よりも、今貰える減額された養育費の方を選ぶこともよくあります。弁護士のマシュマロ・テストは、正解が難しいのです。

 

弁護士より一言

マシュマロ・テストについては、以前から疑問がありました。マシュマロなんて知らない子供もいそうです。甘やかされたマリー・アントワネットみたいな子が、「マシュマロを貰えないなら、ケーキを食べれば良いのに」なんて言ったら、どう判定するのか心配です。マシュマロが嫌いな私なら、「マシュマロ2つの代わりに、お煎餅を1枚下さい」と交渉したくなるのです。                                                                                                           (2023年6月1日 大山 滋郎)

 

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