弁護士のテロワール
第420号 弁護士のテロワール
ワインの世界には、「テロワール」という言葉があり、土壌や気候を意味します。同じブドウの品種でも、ボルドーの粘土質の土で育つのと、カリフォルニアの陽光を浴びて育つのでは、全く違った味になるそうです。まさに、「環境が味を決める」わけです。これに関連して、古代中国に面白い話があります。今から2500年前、孔子が活躍していた時代の名宰相の話です。この人が外国に行ったとき、その国の王様は、「こいつを辱めてやろう」なんて考えます。そこで、その名宰相の出身国の犯罪者を連れて来させて、「あなたの国の人は犯罪をする様ですね」なんて嫌味を言いました。
ところが名宰相は、平然として言い返したそうです。「南の木を北に植えれば、違う木に変わります。我が国にいたときは善良だった民が、貴国に来て罪を犯したのなら、貴国の環境が悪かったのではないでしょうか?」 現代日本でも外国人犯罪のニュースを聞くたびに、この名宰相の話を思い出し、外国人を犯罪者に変えてしまう日本の「テロワール」についても反省しなければと思うのです。と、ここで止めとけば「良い話」で終わるんですが、弁護士として外国人の犯罪事件を何件も扱った身としては、余計なことも言いたくなります。私の実感としては、やはり日本で犯罪をするような人は、元々「おかしな人」だったのではと感じてしまうのです。
そういえば以前、外国人の窃盗事件で、検事さんがその人が本国でも犯罪をしていたなんて記録を、シレっと出してきたことがありました。「そこまでしないでも」と思う一方「まあ、そうなんだろうな」と感じたのです。「現場」にいると中々きれいごとでは割り切れないようです。テロワールの話に戻ります。欧州から様々なブドウの品種を輸入したように、現在世界中の多くの国で、「民主主義」「憲法思想」「選挙制度」「基本的人権」みたいな制度や思想が入ってきています。しかしこれらは、それぞれの国の「テロワール」の影響を受けて少しずつ変わっていくようです。例えば「憲法」は、時代の流れに合わせて修正していくのが欧米の常識です。しかし日本のテロワールのもとでは、憲法は「不磨の大典」ですから、一字一句変更は許されません。「弁護士制度」も欧州から来た制度ですね。同じようにこの制度を導入したアメリカと日本では、テロワールの違いから、全く違う制度となっています。アメリカという土壌は、極めて広大で、そこに多くの国から移民が入ってきました。そこでは、誰もが自力で権利を勝ち取る必要があり、弁護士は「一家に一台」と言われるほど大量に育成されました。いわば、どこでも気軽に飲める「テーブルワイン」のような普及の仕方をしています。おかげで私みたいな、英語さえ怪しい人間でも、ニューヨークの弁護士にしてもらえました。
一方、「和を持って貴しとする」のが日本のテロワールです。そんな中で、弁護士なんか増やしたらかえって紛争が起こるという考えもとても根強く残っていたようです。そこで日本は、司法試験という「世界で最も細い絞り口」によって、弁護士の数を極端に制限してきました。日本の弁護士は、良いブドウで作られる「高級ヴィンテージ ワイン」のようなものだったのです。弁護士同士で自己紹介するときには、今でも「第00期の00です」と、司法修習をいつ受けたのかを申告します。これなんて、「高級ワイン」として自己の「ヴィンテージ」を明らかにしているのかもしれません。(ほ、ほんとですか。。。) 外資系の企業を代理して、日本での紛争解決をしていると、外国本社から色々と言ってくることがあります。労働事件の場合など、アメリカ本社からは、「もっとガンガン行かないか!」みたいな注文がくるケースが多いのです。日本とアメリカの「テロワール」の違いを無視して、日本でアメリカ流を実践すれば、かえって拗れてしまうケースが多いのです。アメリカ本社も他国のテロワールを尊重して欲しいと思うのでした。
弁護士より一言
妻は私の肥満を心配してくれる一方で、余りものがあると私が拒絶しても勧めてきます。これならしか余りもの処理>私の健康>私の希望、だとしか思えません。家庭内のこういう話は万国共通なのか、テロワールによる違いがあるのか興味があるのです。 (2026年9月1日 文責:大山 滋郎)





