弁護士の11人いる

第365号 弁護士の11人いる

「11人いる」は萩尾望都のSFマンガです。地球人が、他の星の生物と交流するようになった未来の話です。試験を受けるために、様々な星から10名の受験生が宇宙船に集められます。ところが何故か、受験生は全部で11人いる。疑心暗鬼にかられ、お互いに反発しながらも、協力して問題を解決していくという話です。11人目は試験官だったというオチなんですが、とても面白いマンガです。

と、長々と前振りをしましたが、今回は刑事裁判の話です。裁判員裁判が導入されて、かなりの時間が経ちました。職業裁判官3名と、一般市民から選出された6名の、計9名で重大な刑事事件の裁判をする制度です。しかし、裁判員での裁判は、この9名だけではないのです。補助の裁判員も2名選ばれて、協議するときなど同席し、自分の考えを述べることもできます。というわけで、裁判員裁判の場合は、「11人いる」ことになるのです。。。

裁判員制度に関しては、多くの弁護士が反対したのを覚えています。おそらく素人の判断で、これまでの裁判実務で決まってきた、このくらいの罪ならこのくらいの刑罰といった、法律家内部での事実上の取り決めに干渉されるのが嫌だったのでしょう。実際問題として、性犯罪など、それまでの「量刑相場」を塗り替えるように非常に刑が重くなりました。法律の改正無くして、こんなに刑が重くなるなんて、罪刑法定主義はどこに行ってしまったんだろうと心配になったのです。その他にも、裁判員が参加することで、これまでの裁判の常識が変わった事案があります。

たとえば、覚せい剤の密輸事件なんかですね。他人に頼まれて、荷物を運んだところ、中に覚せい剤が入っていたなんて事件は、相当頻繁に起こっています。運んだ人は、「自分は知らなかった。」なんて言うんですが、常識的に考えて、「知らない」なんてことが有りえるのかということが問題になります。法律の専門家は、「知らないなんてあり得ない!」という判断のもと、有罪にしてきました。

ところが多くの裁判員は、「知らずに覚せい剤を運ぶこともあり得るかもしれない。」と判断したようです。多数の無罪判決が出されたと記憶しています。個人的には、法律専門家の判断の方が正しいような気がしますが、一般市民の常識で事件を解決しようとすること自体は、正しいことだと思うのです。裁判員は、被告人が起訴された後の制度ですが、起訴されずに済んだ事件でも「11人いる」は問題になります。それが「検察審査会」の制度です。不起訴となった事件について、被害者が不当だと考えたときには、検察審査会に、起訴するのが相当であると、異議申し立てできますが、この審査会が11名の市民で構成されているのです。審査会で、「起訴相当」とされて、裁判の末有罪となった事件も相当数あります。その一方、検察審査会の決定で起訴された事件は、無罪と判断されるケースも非常に多いのも事実です。おそらくこれは、「市民」の判断と、「専門家」の判断に違いがあるからでしょう。審査会で起訴された事件は、市民を含めた裁判員裁判で判断される制度なら、違った結論になるかもしれません。

ちなみに、「12人の怒れる男」という、アメリカの陪審制を扱った映画がありますよね。こちらは、奇数の11人ではなくて、偶数の12人です。陪審制度では全員一致が原則ですから偶数で問題ない。全員一致となるまで、とことんまで話し合うことが期待されています。

一方、日本の裁判員は、多数決で判断されますから9名や11名といった奇数となります。一見ドライなアメリカが徹底的に議論させる制度なのに、「話し合い」を強調する日本が多数決制度というのも、面白く感じます。

 

弁護士より一言

アメリカに住んでいたとき、妻には80歳を超えた友達がいました。その人は「一度も陪審員にならないで死ぬのが心残り。」だったそうです。かつて妻が、「裁判員をできるかも!」と喜んで、受領した裁判員の通知を家族に見せたことがあります。すると当時中学生だった息子が心配そうに言いました。「ママ、裁判所に呼ばれるなんて、どんな悪いことをしたの?」                                                                                                                   (2024年5月16日 大山 滋郎)

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