誠実な美人弁護士
第235号 誠実な美人弁護士
「不実な美女か 貞淑な醜女(ブス)か」は、ロシア語通訳の米原万里のエッセー集です。通訳にまつわるとても面白い話を、軽い筆致で書いています。例えば、英語の通訳を通してスピーチをした人の話がありました。その人は、最後に一言、「ワン プリーズ!」と英語で話したそうです。それはどういう意味ですかと聞かれて「そんなことも分からないのか。『一つ宜しく』という意味だ。」と答えたなんて言う愉快な話が沢山載っています。タイトルの、「不実な美女か 貞淑な醜女か」について言いますと、原文に忠実かどうかで貞淑か不実かが決まり、訳文として分かり易くこなれているどうかで、美人かブスかが決まってくるということだそうです。「貞淑な美女」が望ましいのですが、得てして美女(日本語として読みやすい翻訳)の場合、不実(原文から離れてしまう)なんてことがあります。もっとも、不実でブスも相当います。そういう話を、実例を挙げながら、楽しく教えてくれます。
米原先生の指摘のとおり、どこまで訳すのが良いのかは、難しい問題に感じます。英語のグッド モーニングを、「良い朝!」と訳す人はまずいませんよね。「お早うございます。」と訳します。だからといってこの訳が、「不実」とは思えないんです。明治の文豪、二葉亭四迷に、翻訳についての逸話があります。小説の中で、男性にアイラブユーと言われた女性が、同じ言葉を返したんですが、これをそのまま訳してはダメだということで、二葉亭大先生は悩みに悩んだ。そこでひねり出した訳が、「死んでもいいわ。」だったというんです。さ、さすがにこれは「不実」な訳では。。。
夏目漱石にも、英語の小説に出てきた、アイラブユーを訳した話があります。生徒が、「愛しています。」なんて訳したら、それじゃ日本語の訳じゃないとお怒りで、お手本を見せてくれたという話です。これまた有名な、「月が奇麗ですね。」という訳だそうです。あまりに「不実」過ぎて、そもそも「美女」なのか「ブス」なのか、私ごときでは判断が付きかねるのです。。。
同じく漱石の小説に、「Pity is akin to love.」をどう訳すかという話があります。機械的に訳せば、「哀れみは愛と似ている。」みたいな感じでしょうか? でも、こんな訳では漱石先生に怒られそうです。小説の中での有名な訳が、「可哀想だた惚れたってことよ。」なんです。確かにこの訳は一見、「貞淑」で、凄い「美人」に思えますが、本当にそうなのか、疑問が残ります。何故なら、原文を「ただ同情しただけ。愛してなんかいない。」という風に、漱石大先生とは真逆に訳すことも出来るからです。こうなってきますと、翻訳の問題は、解釈の問題になってきます。
解釈といいますと、法律や契約書の解釈など、弁護士の仕事です。例えば、規則に「犬の同伴は認めない」と書いてあるとします。これを、「犬は吠えるからダメだが、猫は吠えないからOK」と解釈するのか、「犬も猫も、動物は全て不潔だからダメ」と解釈するのか、可能性としてはどちらもあり得るんです。契約書など、かなり気を付けて作っても、後からこういう争いが起きてくるものです。当事者間でお互いに、自分の「翻訳」の方が「誠実」だと主張することになります。
民事訴訟などで、依頼者の主張を、相手方や裁判所にどう伝えるのかも、弁護士の悩むところです。依頼者が感情的になっているときなど、そのまま伝えると、さらに紛争が拡大しちゃいます。そういうときには、少しくらい「不実」であっても、適切な言葉を選んで、主張を「美人」にして見せることもよくあります。
ということで、1年間のご愛読ありがとうございました。来年も、ワン プリーズ お願い致します。
弁護士より一言
次女が英語を始めたときに、「この英文は絶対におかしい。」なんて言い出しました。「ホットドックを何本食べますか?」と母親に聞かれて、「8本食べます。」と答える英文です。「うちじゃ、せいぜい1本しか貰えないのに。どんだけ甘い母親なんだよ!」と怒ってました。う、うちだって、子供達にはメチャクチャ甘い親なんですが。。。 そんな娘も、1年間の留学を終えて、先週無事に帰ってきました。
(2018年12月16日 大山滋郎)