三酔人人権問答
第201号 三酔人人権問答
中江兆民といえば、明治時代の大思想家ですね。ルソーの社会契約論を日本に紹介したことで有名な人です。一方、兆民大先生は、奇人変人としても有名です。子供に名前を付けるのに、丑(うし)年生まれの息子に丑吉、申(さる)年生まれの娘に猿吉と命名するような人です。酒癖も悪くて、輿入れしてきたばかりの 奥さんともすぐに破談になったなんて話もあります。女性にとって、結婚と売春は同じものだという理論を展開したのも、兆民先生のはずです。結婚は独占的な長期契約、売春は非独占的な短期契約という違いがあるだけで、本質的には同じものなんだそうです。
そんな中江兆民の代表作といえば、なんといっても「三酔人経綸問答」ですね。酒好きの大思想家、南海先生のもとに、民主主義を信奉する「洋学紳士君」と、国粋主義者の「豪傑君」が訪ねてきて、3人でお酒を飲みながら、政治や軍事について問答をするという、とても面白い話しです。今から130年前に書かれた本ですが、日本の国防問題など、この本の内容から一歩も進展していないといわれているのです。 洋学紳士君は、軍備撤廃・完全非武装の理想論をぶち上げます。これに対して、豪傑君は厳しく批判するんですね。つまり、軍備をなくすというのは、そういう考えに感心したアメリカなどの国が、支援してくれると期待しているだけじゃないのかという批判です。
この辺のやりとりは、三酔人経綸問答から60年後にできた日本国憲法のもとでも、まったく同じ応酬がなされています。豪傑君は、洋学紳士君の軍備撤廃論をさらに攻撃します。狂暴な国(将軍様?)が、我が国の非武装に乗じて、攻め入ってきたらどうするのかという質問です。そんなときに、国民を守るための秘策が何かあるのかと、追求します。これに対する洋学紳士の回答が凄いんです。「そのときは銃弾を受けて死ぬのみ。別に秘策無し。」
これを読んだときに、「えー、死んじゃうの、それって無責任では。。。」と思ったことも事実です。その一方、この回答に清々しさを感じたのも間違いないところです。あまり言いたくないんですが、現代日本の非武装論者がインチキ臭いのは、豪傑君の問題提起に対して、言葉を飾ってごまかすだけで、洋学紳士の誠実さがないためだと思います。
話は変わって、現代の人権問題についてです。犯罪者を取り締まらないと、国民は安心して暮らせませんよね。その一方、刑事事件では、被疑者や被告人の人権を守ることも大切です。どの程度疑わしい人を逮捕したり、有罪とするかというのは、とても難しい問題なわけです。少しでも疑わしい人は逮捕して有罪にしろなんて考えは論外です。
その一方、ほんの少しでも疑問があれば、みんな無罪にして釈放してしまえというのも、かなり怖い考えですよね。実際問題、「無罪」とされた犯人が、また殺人事件を犯したなんてケースはいくつもあります。「悪人を野放しにして、国民を危険にさらすのが人権保護かよ!」なんて批判する人がいるのも当然のことでしょう。「9人の真犯人を無罪としても、1人の冤罪者を出さないようにしないといけない。」というのが、多くの弁護士の見解です。 でもこれって、10人釈放したら、そのうちの9人は 犯罪者で、再び殺人などの罪を犯す可能性があるということですよね。
豪傑君から、「釈放された犯罪者がまた人を殺そうとしたときに何か秘策があるのか?」と問い詰められたときに、洋学紳士と同じ回答ができるのか?「人権! 人権!」と安易に口にする「人権弁護士」の、誠実さが問われていると思うのです。
弁護士より一言
小学校6年生の息子が修学旅行に行きます。妻が新しいパジャマを買おうと提案しましたが結局、手持ちのジャージとTシャツを持って出かけました。
少し前までは、仮面ライダーや戦隊ものがついたパジャマをあんなに欲しがってたのに! なんだか少し寂しい気持ちになったのでした。
近いうちに、パパと おそろいで買った「おさるのジョージ」のTシャツも 着なくなるのではと心配しています。子供は親離れしていくが、親の子離れはなかなか難しいようです。
(2017年7月16日発行)