弁護士の月と六ペンス
第274号 弁護士の月とペンス
先日、シャンソンを聞きに行きました。曲の中に、「100万本のバラ」というのがあったんです。女優に恋をした貧しい絵描きが、100万本のバラをプレゼントしたという歌なんですが、聴いていていろいろと気になっちゃったのです。バラの花って、安いものでも1本200円はしますから、100万本送るためには、最低でも2億円は必要です。
そもそもこの画家は、「小さな家とキャンバス 他には何も」持ってなかったそうです。おそらくこの家は、父親から相続したものだなと、思わず推理します。一人暮らしならまだしも、この家には母親と病弱な妹が住んでいたかもしれません。そんな家を売って、バラのための2億円を作ったとしたら、母と妹はどうなったのだろうかと心配になったのです。(あ、あほか。。。) 大体、こういったプレゼントをする人は、貰う人の立場など考えずに、自分の価値観だけで突き進んでいきます。周りの人を不幸にしても、自分だけは満足するんですね。
ただ、画家として大成するには、このくらい変な人の方が良いような気もするのです。ということで「月と六ペンス」です。画家のポール・ゴーギャンをモデルにした、モームの小説です。証券会社でサラリーマンをしていた主人公は、妻と娘達を残して、いきなり失踪します。失踪の理由について主人公は、「画家になりたかったんだ」というんです。とても迷惑な人です。残された妻子はもちろん、大変困窮します。(もっとも、後に主人公が画家として有名になると、妻子も手のひらを返して、主人公をほめるんですけど。。。)
考えてみますと、これって司法試験にもあります。それまで会社員をしていたのに、「弁護士になるんだ」といって会社を辞めて受験勉強を始める人なんて、よく聞きました。これなんか、家族の同意なしでやられると、大変迷惑なことになります。(会社員から弁護士に転身した私が言いうのもなんですけれど。。。) 月と六ペンスというタイトルですが、「月」は狂気のような情熱を、「六ペンス」は世俗的常識的な価値観を表すそうです。この本には、主人公のほかにもう一人の画家が登場します。この人は、狂気を帯びた芸術家の主人公と違い、画家としての才能は非常に乏しい。
しかし、他人の才能を認めることができる人で、周りの人に愛されて暮らしていく人です。この人は、困窮していたから家に引き取った主人公に、自分の妻を寝取られても、最後まで主人公のことを認め続けます。さすがに私も、「それはいくら何でもやり過ぎだろう」と呆れかえるほど、「良い人」なんです。こういう、「迷惑だが才能がある人」と「善人だが才能がない人」って、どの分野にもいそうです。
弁護士の場合、いわゆる「人権派弁護士」と言われる人の中には、凄いと言いましょうか、はた迷惑と言いましょうか、本当に大変な人がいます。戦中戦後に活躍した、正木ひろし弁護士なんて有名です。警察での取り調べ中に死んでしまった被疑者がいました。警察官が首を締めたことが原因ではないかと疑った正木弁護士は、亡くなった被疑者の墓から、遺体の首を持ち帰って鑑定に回し、警官の犯罪を立証したのです。「そこまでするのか!」と、感動するというか、呆れかえりましたね。別の事件では、有罪判決が確定したのに、「犯人は別にいる」と主張して、「真犯人」を名指しまでしています。さすがにこれは、「あんたはコナン君かよ。。。」と言いたくなります。
そもそもこういうタイプの弁護士は、顧客の要望など無視して、貰っても迷惑な「100万本のバラ」を届けるようなこともいちゃいそうです。
一方、人柄が良い、常識的な人だが、弁護士としての熱意も実力もない人は、やはり困ります。天上の月を見上げることは忘れないが、足元の六ペンスを大切にする。そんな弁護士になりたいものです。
弁護士より一言
事務所の打ち合わせ室には、実はゴーギャンの版画があるんです。イソップの寓話など題材にした、とても可愛いものです。見つかった版木から刷られたという微妙な作品です。しかし、来訪者には、「ゴーギャンの本物の版画です!」と自慢しています。。。 (2020年8月3日 大山 滋郎)