弁護士のヘッドアップ
第309号 弁護士のヘッドアップ
「小説入門」みたいな本を読むと、まず第1に「視点」を統一しなさいと教えてくれます。これが、小説の基本ルールなんですね。通常は、主人公の視点で小説世界を記述していきます。読者に主人公と同じ立場で物事を見て貰うことにより、主人公に共感して貰うわけです。これって、弁護士の仕事でもあります。刑事事件の場合、検察官や裁判所が書く「事実」は、中立的な事実です。
これに対して、弁護士は同じ事実でも、基本的には犯人の視点で書くようにします。犯人側の立場を、少しでも理解してもらおうということです。民事事件の場合も、原告被告それぞれの弁護士は、自分の依頼者の視点で事実を書きます。これも、自分の依頼者の立場を、少しでも理解してもらおうとするためです。
ただ、このような視点を固定することで、普通の人にとって分かり易い文章になるということも大切です。
話は変わりますが、車についているナビの地図ですが、「ヘッドアップ」と「ノースアップ」の2つの表示方法がありますね。自分が向かっている方向を向いて地図が表示されるのが「ヘッドアップ」です。右に曲がれば、地図が回転して、今まで右側だった方向が、地図の上部に来ます。これに対して、いわゆる紙の地図と同じように、常に地図の上が北に表示されるのが「ノースアップ」です。この地図ですと、車は前に進んでいるのに、地図の上では、右や下に向かって動くので、慣れていない人には、凄く分かりにくいのです。
でも、ナビが普及するまでは、「地図を読める」というのは、北を上にした地図の中で、自分の動きや位置関係が分かることだったはずです。「ヘッドアップを使用するのは、指示通りにしか動けない、ナビに使われている人。ノースアップの画面で、自分がどう動いているのかを把握しているのは、ナビを使う人」だなんて言う人もいました。「そこまで言うのかよ!」と思う一方、確かにこういうことはありそうだなと感じたのです。
ところで、ヘッドアップとノースアップは、車のナビだけではなく、いろいろなところで、使い分けられています。たとえば、天動説と地動説の違いがあります。宇宙での星々の動きを、学問としてみるには、地動説で考える必要があります。一方、素人に星の動きを分かり易く伝えるプラネタリウムでは、地球に視点を固定して、星の方が動きますね。まさに、ヘッドアップを採用しているわけです。そうでなければ普通の人は星の動きを理解できません。法律は客観的なものですから、法律家の文章は偏ることがないように書く必要があります。裁判官の作る文章が、どちらか一方当事者の立場からの、「ヘッドアップ」であったら問題です。これは、法律学者なんかの文章でも基本的に同じことが言えます。
ただ、こういう客観的な、「ノースアップ」の文章は、一般人には分かり難いのです。例えば「業績が良くない会社との取引を継続する条件として、社長の父親に連帯保証人となってもらった」みたいな状況があったとします。普段はあまり意識しないでしょうけど、これは一方の視点から見た、ヘッドアップの文章です。これを、法律家らしい、客観的なノースアップの文章にすると、こんな風になります。「会社Xと会社Yが継続的な売買契約を締結するにあたり、Y社の社長であるy氏が連帯保証人となった」 地図には当然地名が入っているように、登場人物にXとかYと、名前を振っていきます。それによって特定された人たちの動きを、客観的に叙述するわけです。
この文章、法律を学んでいる人にはスッと理解できる一方、普通の人には、XとかYが出てきただけで、拒否反応がありそうです。弁護士の場合、法律家の一員としては、ノースアップの文章を書く必要があります。そうでないと「プロ」としての能力を疑われそうです。
一方お客様のために書く文章は、読んで分かり易く、しかも共感してもらえるよう、ヘッドアップを心がける、気配りが必要だと思うのです。
弁護士より一言
初詣で、近くの神社のおみくじを引いたら、「凶」でした。「争いごと・訴訟」は、「避けるべし」だそうです。
今年1年、どうやって弁護士稼業を続けていけばよいのか心配になったのです。そこで、おみくじをもう一度引いたら、こんどは「小吉」でした。考えてみたら、今年は前厄の年です。取り敢えず「吉」が出たことに満足します。「めでたさも 小吉くらい おらが春」 (2022年1月17日 大山滋郎)