弁護士の in other words
第397号 弁護士の in other words
夏目漱石が「I love you」を「月が綺麗ですね」と和訳したという話があります。「婉曲的な表現が日本語の特徴だ」という文脈で使われるエピソードですが、これについて私は以前から疑問に思っていたのです。「fly me to the moon」って歌がありますよね。米国のアポロ計画のときに大ヒットして、今の曲名になりましたが、もともとは「in other words」というタイトルだったそうです。和訳すれば、「別の言葉では」「言い換えると」くらいでしょうか。「私を月に連れて行って 星々の間で遊ばせて 木星と火星の春の様子を見せてちょうだい」といった歌詞に続いて、fly me to the という言葉に込めた、別の意味を歌っていきます。「手を握って」「キスして」「誠実でいて」ときて、最後に「in other words, I love you」で終わるんです。とても良い曲だと思う一方、この歌詞については以前から不思議に思っていました。そもそも、fly me to the moonの訳としては「私を月まで飛ばして」が正しい気がします。かぐや姫を思い出させますが、そういえば姫も、最初から振るつもりで無茶なお願いをしていたなと思いだします。
そういえば、婚活で初めて知り合った女性から「私を高級寿司店に連れて行って」と言われた男性の話を聞いたことがあります。ご馳走になるだけなって、その後連絡がつかなくなるそうです。この場合の「連れて行って」が「I love you」でないと、さすがに私でも分かるのです。 そういえば江戸川柳に、「恋しくて 愛しくそして 金と書き」なんてありました。こうなってくると、「I love you」もin other wordsでは「I need money」になっちゃいそうです。こういう風に、本来の意味とは別の意味を持つ言葉を使うというのは、よくあることですね。そういえばチェーホフの小説に、女性から告白された男性の断り文句がありました。「あなたを心から尊敬しているのです」 これなんて、さすが大作家ですね。本当にうまいと感心しました。もっとも作家でなくても、「in other words」で拒絶する言葉はありますね。お見合いのときの断り文句で、「私にはもったいない人で。。。」なんて有名なのがありました。ということで、弁護士業務における「in other words」について考察しちゃいます。まず有名なのは「誠意がない」という言葉です。刑事事件の犯人の為に示談交渉をしていて、被害者側からこの言葉を言われることはよくあります。この言葉、「in other words」で表現すると、多くの場合「示談金が足りない」という意味なんです。だからと言って、お金の話だけすると、「金の問題じゃない。バカにするな」と怒られます。強い反省の気持ちの表れとして、示談金を増額する必要があるのです。次によくあるのが、共犯事件の犯人の親が、「うちの息子にも悪い点はあったけれど。。。」という言葉もあります。「あれと出るなと 双方の親が言い」なんて江戸川柳にありましたが、この言葉は「in other words」しちゃうと「うちの子は、巻き込まれた被害者みたいなものです」となります。もっとひどいケースだと、性犯罪の事件で「うちの子も悪いですが、女性の方ももっとしっかりしていれば。。。」なんて言う親もいます。
弁護士だけにこっそり言うのならまだ良いのですが、情状証人として呼ばれた裁判の場でこんなこと言われると、検察官が怖い顔しているので、小心者の私などドキドキしてしまいます。「in other words」は、弁護士もよく使います。「これは受けたら危ない事件だな」という案件も定期的にきます。
例えば、前の弁護士と喧嘩別れしてきた人の依頼は、かなりの割合で危ない案件です。そういうときには、「これはとても難しい案件なので、専門の弁護士に頼んだ方が良いと思います」なんて断わるのです。
弁護士より一言
私は「fly me to the moon」が好きで、サックスでも練習してました。すると娘が、「パパ、プロ並みのうまさじゃん。もう練習しなくても大丈夫だよ!」と言われたので、とても良い気分になったんです。でも、「in other words」だと「これ以上、家では練習しないで!」の意味だと気が付いたのでした。。。 (2025年9月16日 文責:大山 滋郎)