弁護士の夢十夜
第275号 弁護士の夢十夜
お盆でコロナとなれば、誰も会社にはいないでしょう。好き勝手に、お気に入りの本のことを書かせて貰います。夏目漱石の「夢十夜」です。「こんな夢を見た。」という書き出しで始まる、十の話ですね。
第一夜は、こんな感じです。「こんな夢を見た。腕組をして枕元に座っていると、仰向けに寝た女が、静かな声でもう死にますと云う。」
子供の頃これを読んで、本当に感動したのを覚えています。
文豪になるには、こんな魅力的な書き出しができないといけないんですね。そして、死ぬ間際の女に「百年待っていて下さい」と頼まれます。そこで、日が昇り沈む毎日を数えながら、女の墓の前で待っているうちに、自分は騙されたのではないかと疑い始める。
そんな時、お墓の前に真白な百合の花が咲きます。「百年はもう来ていたんだな。」とこの時初めて気がついたという話です。理詰めで考えると、「何だこりゃ?」という気もしますが、漱石大先生が書くと、余韻のある、とても良い話に思えるのです。漱石先生と張り合うわけではありませんが、私も似たような夢を見たことがあります。
裁判で負けた場合には、上の裁判所に不服申し立てができます。ただ、それについての書類は、一定期間に提出する必要があるんです。夢の中で私は、「まだまだ大丈夫」なんて、暢気に構えているんです。そんな中、あるとき不意に「あ、納期はもう来ていたんだ!」と気が付き、飛び起きました。な、情けない。
第三夜の話なんか、特に好きです。「こんな夢を見た。六つになる子供をおぶってる。たしかに自分の子である。ただ不思議な事にはいつの間にか眼が潰れてれて、青坊主になっている」と始まります。子供を背負って山道へと入ると、やがて一本の杉の木の前に辿りつきます。すると子供が「御前がおれを殺したのは今からちょうど百年前だね」と言います。「おれは人殺しであったんだなと初めて気がついた途端に、背中の子が急に石地蔵のように重くなった。」という、怖い話です。
私は、殺人は言うまでもなく、犯罪といえるようなことはしてませんが、交通事故を起こした夢は見ました。家に警察が来て、車を見せてくれと言います。「何だろう?」と思いながら、車を見せると、バンパーに血が付いています。そこで「俺は人を轢いたんだな」とハッと思い出したところで目が覚めるのです。あんまり怖いので、車は手放し、運転は止めることにしました。。。
夢十夜の最後は、こんな話です。「庄太郎が女に攫われてから七日目の晩にふらりと帰って来て、急に熱が出てどっと、床に就いていると云って健さんが知らせに来た。」 この庄太郎さんは、「至極善良な正直者」なんですが、道行く女性の顔を眺めては、「そうしてしきりに感心している。」という、変な人です。
庄太郎さんは、女性に崖に連れて行かれ「ここから飛び降りろ」と言われます。いつも観察されていた女性たちとしては、腹に据えかねたのでしょう。飛び降りることを拒否した庄太郎に、何万という豚が襲いかかって来ます。こ、これは怖い。
庄太郎さんが現在生きていれば、たぶん「盗撮事件で捕まって、弁護士に依頼してくるのでは」と思ってしまいます。
夢の中でも、人の怒りを買うことは慎みます。。。
弁護士より一言
少し前の日経「私の履歴書」を、杉本博司が担当していました。ジオラマのシリーズの写真で有名になり、その後多方面で芸術家として活躍している凄い人です。妻は杉本先生の大ファンで、私も一緒に美術館など随分行きました。そんな妻の見た夢です。朝起きると、杉本博司が家に来て「写真を撮りましょう」と言うんです。嬉しいけれど、起きたばかりで化粧もしていない。着ているのは部屋着です。身支度で杉本先生を待たせるわけにはいかないと焦ってしまい、「それなら脱ぎます! ヌードで良いので、ジオラマのシロクマのイメージでお願いします!」と言ったそうです。しかし気が付くと、いつの間にか杉本博司はいなくなっていた。「ああ、逃げられた。。。」と気が付いたところで、目が覚めたそうです。
わが最愛の妻ではありますが、あ、アホか!! (2020年8月17日 大山 滋郎)