弁護士のマイ国家(1)

第372号 弁護士のマイ国家(1)

「国家」といえば、大哲学者プラトン先生が2600年も前に書かれた哲学書です。ただ、「もしもこんな世界なら」ということで書かれるのがSFだとしたら、これも立派なSFといえます。「もしもある人が絶対的な力をもって、どんなに好き勝手をしても処罰されなくなったとしたら、そんな世界での『正義』とは何だろう」という問題提起に答える本だからです。この問題を解く方法として、プラトンは「個人の正義」ではなく「国家の正義」を観察しようと言います。両者は同じものだが、国家の方が個人より巨大なので、観察しやすいからだそうです。でも、こんな理屈はおかしいと、私は昔から思っていました。私に言わせてもらえれば、「個人の正義」と「国家の正義」は、全くの別物だと思うのです。

たとえば少し前に、パリ オリンピックで金メダルを期待されていた未成年選手が飲酒・喫煙を理由に参加できなくなりましたよね。ネットを見る限り、一般の人たちは「当然のことだ」と認識していたようです。それに対して著名人たちは、「たかが飲酒程度で若者の未来を奪って良いのか」とか、「誰にも迷惑をかけていないのに、処分が重すぎる」みたいなことを言っていたようです。でも、これら著名人の理屈、素直に受け止められません。これまでにも、飲酒だとか大麻だとかで退学になった学生は沢山いました。でも、そのときには著名人たちは特に何も言いませんでしたよね。つまり彼らの言いたいことは「若者の未来」ではないんです。「金メダルという、日本にとって『得』になる人だから、少々のことは特別扱いしようぜ!」ということだと思うのです。

しかし、こんなことを正直に言えば、「平等」の精神に反すると攻撃されそうなので、「若者の未来が」みたいな言い方になっているんでしょう。考えてみますと、「損得勘定」に基づくこういった「特別扱い」は、一般人の生活では日常茶飯事ではないでしょうか? 私の好きな落語に「子別れ」なんてあります。酒で身を持ち崩した亭主と離婚して、母親は近所の人の繕い物をして子供を育てています。離縁された父親が心を入れ替えて仕事に励んでいるとき、別れた息子に会って、母子家庭の苦しい生活を聞きます。友達に大怪我をさせられたことを息子が母親に話したとき、相手が自分に仕事をくれる家の子供だと知ると、「堪忍しておくれ。こんなことでお仕事がもらえなくなったら、親子二人で路頭に迷うことになるんだから」と、母親は泣いて「特別扱い」したなんて話です。つまり、「損得勘定」による特別扱い自体、一般社会では当然に行われているのです。会社でも、下請け企業が不利な条件での契約を飲まざるを得ないことなどよくあります。そして、こういう風に自分の生活の中では「損得勘定」せざるを得ない人ほど、「国家」においては、損得抜きの「正義」を求めているように思います。先ほどの未成年オリンピック選手の件で、特別扱いを求めていた人達は、他人に遠慮する必要のない強い人たちだというのは、決して偶然ではないはずです。そしてこのことは、国家の刑事裁判でも当てはまる陽に思えます。かなり悪質な性犯罪事件でも、被害者に十分な賠償金を支払った場合は、執行猶予判決となる方が普通でした。これはある意味、被害者に賠償金という「得」をもたらす被告人に対しては、「特別扱い」するということです。

日本の裁判官は、「地位、名誉、報酬」のいずれについても勝ち組の人たちです。だから、「損得勘定」による「特別扱い」も認めやすかったのだと思います。ところが裁判員制度の下、一般の人たちが国家の裁判に関与するようになると、「損得勘定による特別扱い」を認めなくなったようです。「損得」と「正義」は別物だし、「お金があるから罪が軽くなるのは不公平」という「正義感」が強いのだと思います。「個人の正義」と「国家の正義」が一致するケースとして、次回は星新一の「マイ国家」を検討したいと思います。

 

弁護士より一言

髪の毛がまっ白になってから、電車で席を譲れられるようになりました。まだ現役で働いている私が、席を譲られるというのは「正義」に反する気もして、少し恥ずかしい気もします。でも、座った方が「得」なので、素直に譲られています。先日そんな話を家族にしたら、「パパは十分にお爺さんだから、自信をもって譲ってもらっていいよ」と言われました。し、失礼な!                                                                                                        (2024年9月2日  文責:大山  滋郎)

 

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